小説

『長靴を(時々)はいた猫』福井和美(『長靴をはいた猫』)

「もしかして・・、森に住む魔女・・?」
「そうともさ。まぬけ面のお前を わざわざここまで案内してやったんだよ」
 言うなり、魔女はくるりとまわってみせ、次の瞬間には、さっきの黒猫の姿に早変わり。
 トラは何の疑いも持たず、こんな場所までのこのこやってきた自分に腹が立ちました。
「ご先祖様に顔向けできない・・」

 
 魔女は、もとの姿にもどると、トラを網ごとつかんで、自分の家に運びました。
 魔女の家は古い洋館で、昔ながらの暖炉があり、高い天井にはシャンデリアが吊られていました。
「素敵なお家ですね」
 トラは魔女のご機嫌を取りながら、暖炉のそばにある赤い長靴を食い入るように見つめました。
(ご先祖様は、相手をねずみに変身させて、食べてしまったんだっけ。でも、ぼく、ねずみなんか食べたくないなあ)
 と言うより、どんな姿になっても、この老婆を食べるというのが嫌でした。
「さあ、今日は久しぶりに猫なべにしようかね」
(えー! 食べられちゃうのは、ぼくの方なんだ!)
「悪いのは、お前たちだよ。勝手に人の庭に入ってきてさあ」
「庭?」
「そうとも。この森も湖もすべて、私の物なんだからね。人間どもに荒らされてたまるものか!」
 こう吐き捨てるように言うと、魔女はフンフンと鼻歌を歌いながら、台所の方へ姿を消しました。たぶん、これからなべの用意をするのでしょう。
「ぼくはこんな所でなべにされてしまうのか・・」
 泣きたい気持ちで、トラがつぶやいたその時。どこからか、チ、チ、キ、キと不思議な音がしました。驚いてあたりを見まわすと、暖炉のそばに何匹かの野ねずみたちが集まってきています。
「おーい、きみたち!」
 トラは、つり下げられた網の中から、野ねずみたちをよびました。
「わるいけど、この網をかみちぎって、ぼくを自由にしてくれないか?」
 とたんに野ねずみたちは、「キキキ・・」と大笑い。
「どこの世界に、猫を助けるねずみがいるんだい」
 トラはため息をつきました。
「そうか、きみたちは、魔女の手下なんだね」
 すると今度は、野ねずみたちは「チチチ・・」といまいましげな音をたてました。
 

1 2 3 4 5 6