小説

『長靴を(時々)はいた猫』福井和美(『長靴をはいた猫』)

「そうですよ。お父様が亡くなった今、私のご主人様はあなたひとりです」
「兄が二人いるけど?」
「あの二人は、私にパチンコ玉をぶつけたり、しっぽをひっぱったりしたので、好きじゃありません」
 何だかよくわからないけど、三男はご主人様と呼ばれて、ちょっと気を良くしました。
「よし、わかった。お前に長靴を買ってやるよ。旅に出て、ぼくのために、何か良い仕事を見つけてきてくれ」
 そういうわけで、トラは赤い長靴を買ってもらい、さっそうと旅に出ていきました。

 さすがにご先祖様の血をひくだけあって、トラは長靴をはいた足で、上手に二足歩行ができました。愛らしい姿はあちこちで評判になり、ツイッターやブログで紹介され、たちまち人気者になっていきました。猫好きのおっかけや、怪しいストーカーにつきまとわれたりしましたが、トラはへっちゃらでした。
 なぜなら、長靴を脱いで四足で歩いてしまえば、トラはまるで普通の猫と見分けがつかなかったからです。
 おかげで、いつの頃からか、赤い長靴をはいた猫を見た人は超ラッキーということになり、トラの存在はどんどん伝説化していきました。
「聞いてー! 今日あの長靴をはいた猫を見
たの! 絶対良いことがあるわ!」
「わあ、いいなあ。ねえ、宝くじとか買ってみる?」
「おれ、見たんだ、あの猫。今度の入試は合格間違いナシだね」
「昨日見たんだよ、例の猫。やっとぼくにも彼女ができるかも」
 雑誌やテレビ等、マスコミにも取り上げられ、現代の『長靴をはいた猫』のうわさは、全国に広がっていきました。
 さて、トラは今家にもどり、三男と次の計画をたてていました。
「お前をキャラクターにしたサブレを作ってみたんだ。どうかな?」
 トラはにゃあにゃあと大喜び。
「いいですね、これ。ぼくにそっくりです。これを持って、ぼく、また旅に出ますよ」
「どこか、あてがあるのかい?」
「ええ、北の方に、とても美しい田舎があって、そこに大きな古いホテルが・・」
「お前は、いったいどこからそんな情報をつかんでくるの?」
 すると、トラはちょっと得意げに鼻をうごめかせて言いました。
「もちろん、他の猫たちからですよ。旅猫はあちこちにいるし、猫のネットワークをなめてもらっちゃいけません」
 

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