小説

『月とかぐや姫』夢野寧子(『竹取物語』)

 可愛い名前だと褒めれば、「そう? 立派なDQNネームだと思うけど」と目の前の綺麗な顔が歪んだ。三年前の春、わたしとかぐやが出会った日のことである。
 かぐやは高校一年と二年の時のクラスメイトで、わたしの親友だった。入学当初のわたし達の席は、窓際の前から一番目と二番目。ハ行の終わりのかぐやは、マ行の初めのわたしの前の席だった。肩まで伸びたさらさらの黒髪に、きりっとしたアーモンド形の目、一度見たら忘れられないような美少女は、名前を尋ねると「かぐや」と答えた。
 かぐやは自分の名前を、DQNネームだとか、キラキラネームだとか言って嫌っているけれど、わたしはぴったりの似合いの名前だと思っている。自分の名前がもしも白雪や乙姫だったら、わたしだって思い切り嫌がるだろうけど……かぐやの場合、特別だ。
 かぐやは本当に、おとぎ話に出てくるかぐや姫みたいな少女だった。沢山の公達に求婚され、ついには帝まで虜にしてしまったお姫様。近くの男子高の学生、塾のクラスメイト、電車で乗り合わせただけの名前も知らない相手から、次から次へと引っ切り無しに告白されるかぐや姫。男の子達の愛の言葉を実に迷惑そうに、容赦なく相手を追い払うところまで、かぐやはかぐや姫そっくりだった。
 かぐやはわたしの憧れだった。美人で、勉強もスポーツもできて、その上性格もいい(ただし、かぐやに恋心を抱く男の子達をのぞいて)。あまりにも自分と違いすぎるものだから、嫉妬する気も起こらないけれど、色恋沙汰に全く縁のないわたしは、少しだけかぐやを羨ましく思う。とびきりの美人でなくても、一年に何十回告白されなくてもいい。ただ、女子高にも関わらず、当たり前のように恋人のいる友人達のように、わたしも誰かの特別になってみたかった。
 だから、かぐやが誰の思いにも応えないことがわたしにはずっと不思議だった。かぐやに告白してきた他校生の中には、隣の男子高の王子様までいた。彼は周囲の学校の女の子達の間では、かっこいいと有名なサッカー部のエースで、誰が言い始めたのか、友人達は皆、王子様と呼んでいた。王子様は、噂通り絵本の中の王子様のような整った顔立ちをしていて、わたしも初めて彼を校門で見つけた時には胸が高鳴ったのを覚えている。イケメンで、運動神経もよく、学校の偏差値を考えると頭だってそう悪くないはずだ。そんな彼に憧れる女の子が多いのは当然だった。普通の女の子なら、告白されたら喜んで王子様の愛を受け入れるのだろう。ただ、かぐやはその他大勢の女の子達とは違った。ろくに知りもしない相手と付き合うなんて無理だと、取りつく島もなかった。その言い分はわからないわけではないけれど、少しずつ互いを知っていく恋だってあるはずだ。実際、わたしのように考える友人は少なくなく、「試しに友達から初めてみなよ」と皆が口をそろえていた。王子様に告白されたのに、一刀両断するなんて勿体ない。誰でも普通はそう思うはず。  

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