小説

『かちかち山のこと』青色夢虫(『かちかち山』)

 東京勝々(カチカチ)新聞、明治五十年四月一日の記事に、かちかち山のことが載っていた。
偶さか出会った記事であったけれど、その内容はあまりに衝撃的で、私をして震撼せしめるに十分足るものであった。ここにその一部を載せて読者の慧眼に供したい。
 通常、かちかち山のことと言えば、昔語りで有名なように、おばあさんを騙くらかしたタヌキがこれを撲殺し、ババア汁なる恐ろしきものを作り、揚句、おじいさんにそれを食らわせるという非人道的極まりないものであった。
 平成という穏やかなる時代に生まれし、読者諸兄はきっとこの事実を知らぬはずである。グリムの童話集がそうであるように、かつては、また日本の昔話も残酷で無残であった。それを教育用に漸次改訂したのが、今様の昔話というわけである。作者たる私はそれをして、昔話の作為性を云々するつもりは毛頭ない。だが、先に語ったかちかち山のタヌキが、実はおばあさんを殺しておらぬこと、そして、タヌキがなによりの善タヌキであったことをここに証言したいだけなのである。つまりは、タヌキの名誉を回復したい、その一心なのである。
 端的に言えば、真の悪党はおじいさんとウサギであった。そして、次に悪なるはおばあさんであり、タヌキはまったくの被害者だった。タヌキは濡れ衣のうちに泥舟に乗せられ溺死させられてしまったのである。まったく、なんということであろうか!
 記事は、タヌキが殺したとされるおばあさんのことをかくのごとく伝えている。
「幼少のころより盗み、姦淫、殺人を行えり。その数、両の手で数える能わず」と。
 つまり、このおばあさんは幼い頃より盗みを働き、色に溺れ、あまつさえ殺人まで行った稀代の極悪人であった。タヌキの打ち殺したとされるおばあさんは、まったくの善人ではなく、軽蔑すべき犯罪者だったのである。
 では、この悪辣なる老婆と夫婦(めおと)となりし老翁はどうであったか。悪女たる老婆に騙されし、哀れな平凡夫であったろうか。答えは否、である。人の好さそうな笑みを浮かべた好々爺かと思えば、その実、邪曲たる色悪であったのである。この性悪なる老翁は、まったく瘤取りの翁の隣に住むおじいさんよりも悪かった。同記事は老翁についてこう記す。
「性凶暴にして、話をすることを知らぬなり。時に盗み、時に犯し、時に殺し、あまつさえ哄笑を残して、死者を辱める邪悪なる人物なり」
 

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