『桜の樹の隣には』双浦葦(『桜の樹の下には』)
ツイート 静かな行列をつくって食道をながれおりてゆく唾が、自分のものとは思えないほどの粘りと臭気を持っているのを伊藤は感じた。 まるで他人、いや、人間ではないものの体液のようだ。人間であるとしたら、たとえば、精液のそ […]
『かみかくし』薮竹小径(『草迷宮』)
ツイート 小池苑という行きつけの喫茶店に入ると珍しい程に沢山の人がいた。ちょうどその日は中秋の名月で、なにかイベントでもやっているのかもしれないと気にせず、いつもの席に座った。ざわざわと騒がしかった。辺りを見渡すとこの […]
『Modernカッサンドラ』縹呉藍(アポロドーシス著『ギリシア神話』)
ツイート 『占いや、予言を、貴方は信じたことがありますか? 昔はそういうものが簡単に信じられていた。占星術とか予言、陰陽道とか神託その他時代や地域によって違うけれど、未来を先に知るという事を真剣に信じてた。 今、現代 […]
『クロックワーク・タイム』菅原照貴
(inspired by 小説『天地明察』)
ツイート 肝心なものほど目には見えない、と言ったのはどこの王子様だったか。 何にせよ、彼の発言は的を射ている。いつか優秀な王となったに違いない。人を統べることについて、最も重要な事実を心得ている。 つまり、最高の権 […]
『マルドゥック・アヴェンジェンス』上田裕介
(inspired by 小説『マルドゥック・スクランブル』)
ツイート その部屋はありとあらゆる物が破壊されていた。 どこにでもあるようなアパートメントのワンルーム。 テレビの画面には蜘蛛の巣を描いたような罅が入り、 キッチンには陶器の破片と化した食器の残骸が広がり、 天 […]
『Ignite』木村浪漫
(inspired by小説『マルドゥック・ヴェロシティ』)
ツイート まっくらな闇が、ずっと広がっている。 暗闇に火を点けろ、夜に火を灯せ。 暗闇に火を点けて、朝を歌おう。 けれど、まっくらな闇は冷たく広がって、心に灯った炎を消してしまう。 そうしたら、私にできることはもういくつ […]
『五連闘争』三日月理音
(inspired by小説『マルドゥック・スクランブル』)
ツイート 西暦二二一五年。多くの著作物がデジタルへ移行した国立国会図書館で、所蔵されていた最期の紙媒体一般書籍が廃棄された。徹底して温度・湿度管理され、最新技術により延命を続けた書籍は、かなしいかな、ほとんどがタイトル […]
『心霊写真、以前』原田修明
(inspired by 小説『もらい泣き』)
ツイート 痛みが耐え難くなったのは、満開の桜が散り始めたころだった。 空腹になるとみぞおちのあたりがしくしくと絞られ、満腹になると少しの間だけ収まる。放っておけば治ると思っていたが、あまりのしつこさに眠ることさえでき […]
『笛吹き男のコーダ』木江恭(『ハーメルンの笛吹き男』)
飯屋の暖簾をくぐると、すずが目線をよこした。碓氷うすいと目が合うとにこりと笑い、注文も取らずに奥へと駆けていく。毎度同じものを頼んでいることを覚えているらしい。継ぎの当たった赤い着物の袖が、蝶のようにひらひらと舞った。 […]
『満員電車』遠藤大輔(『蜘蛛の糸』)
ツイート 幸運な一日が始まるはずだった。 朝のニュース番組の運勢占いで「蠍座」は1位だった。前回1位の時は宝くじが3000円当たったし、その前の1位の時は6個入りの唐揚げを買ったら7個入っていた。今日のラッキーカラー […]
『No Face』植木天洋(『狢(むじな)』)
ツイート ボリュームたっぷりの夕飯をかき込んでから、二階にある部屋にあがってベッドに寝転がった。大の字になりながら、右手にはスマホ。一日の中でほとんど手放すことはない。風呂の中にも密封袋に入れて持ち込んでいるくらいだ。 […]
『怪物さん』大前粟生(メアリー・シェリー『フランケンシュタイン』)
――食後のひとときをいかがお過ごしでしょうか。わたしは楽屋においてあったいくつものやきそばパンを食べすぎてお腹がパンパンです。そのことをスタッフさんにいったら、え、あんたの楽屋にはやきそばパンなんて置いてないよ、トキちゃ […]
『手袋と赤ん坊』ふくだぺろ(『北米先住民の民話』)
ツイート ある女が赤ん坊を産んだが、あまりに小さくて、人に笑われるんじゃないかという不安にとりつかれ、手袋にいれて川に流した。不安ではない。赤ん坊が流れたのだ。暑い夏の日だった。木々が放火されたように燃えていた。 […]
『モンキーアンドシザーズ』笠原祐樹(『猿カニ合戦』)
ツイート 台風が近づいていることもあり、その夜はひどい天気だった。平日の夜に記録的な強風と豪雨。客足が鈍くなるのも無理はない。バー「モンキーアンドシザーズ」のマスターは客が一人もいない店内でグラスを磨いていた。古き良き […]
『兎ろ兎ろ。(とろとろ)』紅緒子(『うさぎとかめ』)
ツイート あたしのツインテールは乙女の印籠だから、絶対に髪の毛を生涯切る気はない。おばあさんになっても赤いリップにツインテールをして猫と暮らすと決めているのだ。そう思えるのは亀と一緒のときだけ。亀はあたしの家来だから、 […]
『ザ・ガール・ネクスト・ドア』中村吉郎(『鶴の恩返し』)
ツイート 都心から郊外に向かう十二月の平日の最終電車には、この時間とは思えない程、様々な人種が乗り合わせている。残業を終えて帰路に就くサラリーマンやOL、居酒屋で飲みすぎた忘年会帰りの酔漢、アルバイトを終えた学生など、 […]
『Dカンパニー』サクラギコウ(太宰治『グッド・バイ』)
ツイート 結城は会社の一室で声を潜めて打合せをしている。前に座っているのはダークグレーの背広に地味なネクタイを締めた男で、口角を上げ静かに結城の言葉を待っていた。結城はテーブルの上の名刺と目の前の男を交互に見ながら、決 […]
『幸福の青いカラス』エルディ(『青い鳥』)
ツイート わたしは振り返りません。 といっても、過ぎたことは振り返らないという意味ではありません。そうなれたらどんなに素晴らしいでしょう。 むしろ、わたしはくよくよと思い悩む女の子です。後悔してばかり。そんな自分を早 […]
『主人公』あおきゆか(『機械』横光利一)
ツイート 私は主人公ではない。小説の中で私と名乗る者は大抵主人公だが、私は一度も主人公になったことはなくいつも脇役、それも本筋に関係のない人物だ。だがいまは登場人物としてではない私自身の物語としてこれを語ろうと思う。 […]
『特異体質』小野塚一成(『ピノキオ』)
ツイート 出社してまずはスタッフ全員揃っての朝礼。最初から最後まで、お客様のことを第一に考えた、ハートウォーミングな言葉達が、若干の虚ろげな朝の呼気と共に吐き出される。 続けざまに本日の売り上げ目標。先ほどのお客様至 […]
『蜜柑の雨』柿沼雅美(太宰治『蜜柑』)
ツイート 或る冬の日の昼間。私は私鉄の電車の座席に腰を下ろして、ぼんやりと発車するのを待っていた。平日の昼間だからか珍しくほとんど乗客はいない。外を覗くと、ホームにも人が少なく、中年の女性の隣でお出かけ用のバッグに入れ […]
『歌えメロス』ノリ・ケンゾウ(『走れメロス』)
メロスは激怒した。必ず、かの邪智暴虐のバイトリーダーを除かなければならぬと決意をした。 大手メーカー勤務、超一流エリート営業マンであるメロスは都内オフィス街の片隅にある馴染みの牛丼チェーン店M屋にて、お決まりの牛めし […]
『尾を持つ娘』化野生姜(『赤い蝋燭と人魚』)
ツイート 男が土間の戸を開けたとき、つんとした磯の臭いが鼻についた。 甚平姿に行李を背負ったその男は、辺りを見渡すと小さくため息をついた。 思ったよりも簡素なところであった。 左右の棚には色とりどりのろうそくがず […]
『こんにちは、世界。』二月魚帆(『貉(むじな)』)
ツイート ”Hello World!” プログラミングを習う時に最初に書く、ごく簡単なプログラムでこの言葉を表示させる。それはどんなプログラミング言語でも共通だ。僕も初めてプログラムを書いた時 […]
『空の銛』清水その字(ハーマン・メルヴィル『白鯨』)
ツイート 昼休みの読書中、肩越しに女の子の顔が「にゅっ」と生えてきたとき、どう対処するのが正しいだろう。 僕はとりあえず、読んでいた本をパタリと閉じた。決していかがわしい本ではないし、そもそも大学の図書室で堂々とそん […]
『めぐりめぐって』長月竜胆(『まったくほんとう!』)
ツイート 鳥は広い空を自由に飛び回ることができるので、種族を越えて広い交流があった。様々なものを見聞きする機会も多く、情報通で噂好きな者も多い。よって鳥の存在は、動物の世界においてある種のネットワークのような役割を持っ […]
『合格!』山本康仁(『ネズミの嫁入り』)
ツイート テーブルの上に置かれた封筒を見つけて、詩織は嫌ぁな予感がした。じろっとリビングのソファを睨み、封筒に手を伸ばす。 やっぱり。 隠そうとする様子もなく、封筒には既に開けられた痕跡がある。 「勝手に開けないで […]
『面影』野本健二(『鶴の恩返し』)
ツイート カラスの鳴き声が夕闇に消えていき、涼しさが肌寒さへと変わる頃、こげ茶色の屋根の白壁の小さな二階建ての家で、彼女はいつもと同じように夕食の支度を始めていた。 彼女は常々、秋の水道水は冷たいけれど米を炊くにはち […]
『父ちゃん』想(芥川龍之介『父』)
ツイート 橋の欄干に、数十羽ものカモメがとまり、羽を休めている。 こちらを向いているもの、背を向けているもの、斜めにとまって、頭だけこちらに向けているもの。 その中に一羽だけ、真っ黒なカラスが混じり、こちらをじっと […]
『与吉と台風』襟裳塚相馬(『画図百鬼夜行』)
ツイート 江戸時代の画家・鳥山石燕。彼の名を知る人は少ないかもしれませんが、彼の描いた絵を見た人は、少なからずいると思います。 彼の専門は妖怪画。今まで目に見えなかった魑魅魍魎を彼は絵として残し、中でも一番有名な『画 […]