小説

『満員電車』遠藤大輔(『蜘蛛の糸』)

 幸運な一日が始まるはずだった。

 朝のニュース番組の運勢占いで「蠍座」は1位だった。前回1位の時は宝くじが3000円当たったし、その前の1位の時は6個入りの唐揚げを買ったら7個入っていた。今日のラッキーカラーはブルーで、きちんとブルーのYシャツを着たのに、朝の通勤電車が人身事故で大幅に遅れていた。

 阿佐ヶ谷駅の4番線ホームは東京行きの中央線に乗り込む人で溢れかえっていた。満員電車を3本見送ったところで、ようやく列の先頭に並ぶことができた。次に入ってきた電車も超がつくほど満員だったがこれ以上待つわけにもいかない。背中を向けて無理矢理足をいれ、右手をあげてドアの上部に突っ張って、ようやく乗りこむことができた。あげたままの右手はおろすこともできず、全く身動きがとれなかった。
 僕のすぐ右後ろではグスグスと鼻をずっとすすっているおじいさんがいて、左後ろにはこの混雑の中でスマホゲームをやっている学生がいて、操作するたびに右ひじが僕の背中を突っついていた。

「次は高円寺、高円寺。お出口は右側です」

 高円寺駅のホームも人が溢れかえっていた。誰が見ても一目瞭然、これ以上の乗車は無理なのに、汗だくメガネのサラリーマンと、スーツケースを持った中年サラリーマンが無理矢理乗りこんできた。
 中央線利用者の宿命として、東京駅へ向かうために朝の混雑通勤時にスーツケースを持ちこんでくる人と闘う必要があった。あいつらはスーツケースが僕たちの足元を蝕んでくることなんて分かっちゃいない。ほぼ毎朝といっていいほど僕らは車輪に踏まれぬよう、スーツケースに膝カックンされぬように闘わなくてはいけないのだ。
 幸いスーツケース中年は僕の前に立っているので、足を踏まれることはなかったが、その人自体がドアと人とにはさまれて浮きあがっているように見えた。

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