小説

『歌えメロス』ノリ・ケンゾウ(『走れメロス』)

 メロスは激怒した。必ず、かの邪智暴虐のバイトリーダーを除かなければならぬと決意をした。
 大手メーカー勤務、超一流エリート営業マンであるメロスは都内オフィス街の片隅にある馴染みの牛丼チェーン店M屋にて、お決まりの牛めし並盛、にプラスして百円で備え付けられるサラダを注文し、待っているのだが一向に料理が提供されないのである。人手不足に違いない。普段であれば食券を渡すと同時に、自分が店に入る前から準備をしていたのではないかと思う程の早さで料理が提供されるのが、このM屋の最大の魅力であり、他の店と一線を画している所以であるのだが、それがこの有様ではこのM屋に通う意味がないというもの、一体何事であろうか。メロスは不審に思い、店内を見渡してみればあちこちに目立つ空席の数々。なにやら鬱々とした空気が、黄色で四方を囲んだ華やかな店の内観を吞み込むように流れている。今までも通常お昼時には大混雑し、よって多少の待ち時間があることは珍しくなかったが、そういう訳でもなしにこの遅れようでは、店に異常が起きているに違いない。二つ席を空けて隣に座る、俯きがちに携帯用ゲーム機をピコピコと押しながら同じく牛めしを待つ、ニート風の青年も、ただならぬ気配を感じ取っているのか、いまいちゲームに集中できていないように見える。と、メロスが青年を眺め見ている間にも、がっしゃあ、と突如調理場から発せられる轟音。そして怒号。なるほどこれは、いよいよ穏やかな事態ではないようだ、とメロスは待ちきれず手に取った箸を片手に、身構えた。メロスの隣に座る青年も、ゲームに忙しなく動かしていた指を一瞬止めた。
 それから間もなくして、ようやっと調理場からメロスの注文した牛めしを持って現れたアルバイト。表情は暗く目はうつろ、お盆を持つ手もふるふると震えており、テーブルに盆を置く際にも、「お待たせしました。牛めしとサラダになります」と言うが下を向き、目を合わせようともしない。アルバイトの悲壮に暮れた様子に、メロスはすかさず声をかけ、質問をする。

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