小説

『歌えメロス』ノリ・ケンゾウ(『走れメロス』)

「ふふ、そうでしょう。ならば尚更、この店でアルバイトをするなんて馬鹿げたこと、あなたにできるはずがない」
「いや、できる。たしかに私は超一流のスーパー営業マンであることには違いなく、上司からの信頼も厚く部下からも慕われ、確実に出世が決まっているエリート街道まっしぐらで後に会社には欠かせない重要なポストを担う人材であるのは間違いないのだが、そんなことは関係ない。お前がアルバイトたちを信用できないと言うのなら、この私が、お前の思想が間違っていることを証明するため、ここでアルバイトをしてやると言っているのだ」
「そうですか。なら今すぐに、ここで働いてもらいましょうか。そのスーツ姿からここの制服に着替えてもらって。まあそんなこと、あなたに出来るはずがないでしょうが」
 バイトリーダーはにたにた笑いながら、
「裏に先日辞めたアルバイトが置いていった制服があるんですよ。おそらくサイズもあなたにぴったり合うでしょう」
 と言って、裏に戻ろうとする。メロスは一瞬黙り込み、少しの間の後に口を開く。
「待ってくれ」
「なんでしょう?」
「一つだけお願いがある。私に三日間の猶予を与えてくれないか」
「ほう。それはどうしてでしょう?」
「私は超一流のスーパー営業マンであり、上司からの信頼も厚く部下からも慕われ、確実に出世が決まっているエリート街道まっしぐらで後に会社には欠かせない重要なポストを担うほどの人材である。今ある仕事を放り出して会社を辞めるのは、私のプライドが許さないのだ。だからできれば三日間の猶予をもらい、部下たちに仕事の引き継ぎをパーフェクトに済まさなければならないし、それにこの超一流のスーパー営業マンであり、上司からの信頼も厚く部下からも慕われ、確実に出世が決まっているエリート街道まっしぐらで後に会社には欠かせない重要なポストを担うほどの人材である私だ。辞めるとなれば、上司は優秀な部下を失うのを惜しみ、部下は私という精神的な支柱を失うことを悲しみ、皆で私の送別会をするに違いない。場合によっては二次会でカラオケ、などということもあるだろう。となれば最短でも今日が火曜日であるから、水、木、金、と三日間の猶予が必要なのは明らかである。だから私に三日間だけ、時間をくれ。土曜の日の出までには必ずここにやってこよう。約束する」

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