小説

『歌えメロス』ノリ・ケンゾウ(『走れメロス』)

「みんな聞いてくれ。急な話で驚くかもしれないが、いや、私もいまだ驚いているのだが、営業部のメロス君が今週付けで退職をする。これほど優秀なメロス君だ。ショックも大きいかもしれないが、彼の仕事の引き継ぎなど、不足のないように行ってくれ」
 部長の報告に、驚嘆と感嘆とでざわつく営業部。メロスを慕う女性社員たちの悲鳴、部下たちのすすり泣く声。そしてメロスが口を開く。
「この度は、突然の報告で申し訳ない。私にも予期していなかった辞職なのだ。皆を悲しませてしまうのは本当に申し訳ないのだが、それ以上に私も悲しくてしょうがないのだ。許してくれ」
 声を震わし挨拶をしたメロスに、営業部一同は号泣。部長の目にもうっすらと涙が。

 今日はいよいよ約束の日の前日、金曜日である。
 残る三日間で、完璧に引き継ぎと挨拶回りを済ました超一流営業マンのメロス。得意先の客の中には涙してメロスが去ることを惜しむ者もいた。メロスの心も苦しかった。すべての仕事を終えたメロスに、部長が声をかける。
「三日間、ご苦労様だったね。いや、今日までずっと、ご苦労様だった。一つ提案なのだが、今日の夜、君の送別会を開こうと思うんだ。来てくれるかな?」
「ええ、勿論。そんなこともあろうと、ちゃんと予定を空けておりました。お店も手配済みで、夜の八時から都内のバーを貸し切っております」
「ふっふっふ、メロス君。君は本当に優秀だね。頭が上がらないよ」
 そう言って、笑い合う部長とメロス。

 メロスの手配した、都内の小粋なバーで行われた宴は盛り上がり、酔いも回って来た頃合い、二次会でカラオケに行く段に。これもメロスの予期した通りであった。末恐ろしいほどによく仕事ができるメロス。カラオケの部屋まで手配済みだった。カラオケは各々が持ち回りで、各々周りの空気を読んだ選曲、もしくはただ自分が歌いたい曲を選び、各々が歌うのに、耳を済ましたり、まったく聞いていなかったりしてその場を過ごしていた。
「メロスさーん、どうして仕事辞めちゃうんですか。僕メロスさんいないと、もう心細くて」

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