小説

『心礼動画』洗い熊Q(『東海道四谷怪談』)

 そんな私の目の前に眩いばかりの光が現れた。車のヘッドライト。それがあっと言う間に私に向かって。
 そこで私の記憶は途絶えたのです。

 
 気が付いた時は病院だった。無造作に真っ白な顔でベットに寝ている私。
 それを周りで取り囲み泣きすする両親、劇団の仲間。
 それを私は傍から見ていた。
 普通なら動揺と混乱。でも平然と傍観して納得した。

 ああ死んだんだ、私。

 沈痛の病室の空気、冷然と見て思う。こうも簡単に死んでしまうんだ。あっさりと。
 泣いてくれる人達を見て悲痛よりも感謝すら覚えた。こんな私の為に。でも申し訳ないとは覚えない。
 それは生前に死の世界を知りすぎて、もうどうにも成らないと諦めてるからか。
 自責や後悔の念が無い。でも心配事はあった。
 直樹の姿がない。
 それで思い出した。珍しく依頼で映像の発注があった事を。撮影は明日から。私が出演する筈だった。
 落とせない仕事。私の穴埋めに奔走しているんだろうと。
 それが彼らしい。そうであってほしい。私がいなくなっても。

 その場の光景を見ていられなくなり私は思わず病室を出た。
 誘導灯の灯りのみの暗い廊下。病室脇にある待合用の長椅子。誰かが座っているのが見えた。
 直樹だ。項垂れながら座っている。
 来てくれてたんだ。
 落ち込んだ様子で無言で下を向いたまま。流石に私が死んで混乱しているのか。それとも先々の不安で悩んでいるのか。
 それでも来てくれるだけで嬉しい。向こうに行く前、貴方の顔を見れて。

 本当にゴメン、直樹。

 聞こえる筈のない私の言葉。想いが届いてと胸に描いた言葉を彼に捧げる。
 その瞬間だった。彼が地に向い声を上げて、ぼろぼろと大粒の涙を落としていた。
 初めて見た彼の慟哭姿に私は震える程に動揺していた。

 
 私が死んでから二週間。
 でもまだ私は現世にいる。
 後悔はないと嘘を吐いて、天に昇れず地に足を押さえ付けるもの。
 直樹が泣いていた姿。
 あれは何の涙? 後悔? 懺悔?

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