小説

『心礼動画』洗い熊Q(『東海道四谷怪談』)

 それが災いか、功を奏してか。
 大学の演劇部で四谷怪談のパロディの舞台の時、私は井戸から出て来る幽霊役を任されました。
 喜劇です。恐怖など必要なし。
 でも陰気さだけでその役が任されたと知っていた私。これを逆手に取ろうと思いました。
 最高の化粧をして、これでもかって空気を醸し出して。心霊ならお手の物。だっていつだって周りには倣える者がいるのだから。
 そして本番。自画自賛できる演技を私はした。客席から聞こえる悲鳴。共演者のあからさまの動揺。
 会場中が恐怖に包まれたのが分かる。でもその振り幅があったお陰で、喜劇の演出が大きく生きられました。
 達成と満足感で一杯でした。周囲からどう思われようとも。
 充足のまま舞台を終えた後、部の先輩からある人達を紹介されます。私に出演して欲しいとの話で。
 それが直樹との初めて出逢いでした。
 心霊動画の幽霊役。仕事の内容云々よりも、彼と彼の先輩の人柄に信頼を置けなかった私は即答しませんでした。
 何か参考になる映像か作品でもと。
 その要求に直樹は昔に撮った自分の作品を渡してくれたのです。

 短いショート映画。物語は在り来たり。
 でも私は心を擽られた。

 作品に対する愛情。才幹溢れる構図の映像。監督としての彼に一目惚れしたのは確か。
 こうして私は、彼と彼の先輩と供に心霊動画の制作に参加する事になりました。

 
 発案、監督は直樹が。撮影は彼の先輩。そして主演は私。
 主演と言っても幽霊。時折に心霊を見る側の役もやったりして。
 最初の頃は試行錯誤。自信作でも映像は安く買い叩かれたり、売れない事だって。
 でも直樹の才能は初めに思った通りで。一緒に居る時間が増えると同じに、彼への期待と私の夢との共存が増す一方。
 直樹の初作品に初主演で。他人から見たら絵空事な夢を思い描く様になっていました。

 心霊動画の撮影時は色々あって。
 大抵に“ホントに居る”場所での撮影だから、私には人から見えない苦労が沢山。
 除霊は出来ないけど追っ払うくらいは何とか。
 私と同じ事をしてくる人とか。昔の人で言葉遣いが古すぎて理解に苦しむ人とか。
 参ったのはトンネルの様な所で三十人以上の人に囲まれた時。流石に直樹に「場所変えて」と頼んだっけ。
 予算の無い中で精一杯の演出。人が私を観るのは一瞬の中に全力を注ぎ込んで。粛々と動画を撮影し続けました。

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