小説

『心礼動画』洗い熊Q(『東海道四谷怪談』)

 彼女との出逢いはずっと昔だ。歳は二つ違い、学年は三つ違い。僕が小学六年頃は確か沢子は三年生。
 その頃から浮いてた印象の彼女。容姿が歳不相応でもあったが、奇抜な行動が周囲から疎まれていたのは確かだ。
 だが僕には理解為がたいとは思えなかった。
 それは家の祖母も同じ。祖母も他人には分からない存在が見えている人だったからだ。彼女にもそれが見える。そう思えた。
 遠巻きに見ていただけで話した事はない。でも名前も覚えていたのは大人びた彼女の印象が忘れられなかったに違いない。

 父の転勤を機に引っ越し。その後の学生生活は平々凡々。大学進級まで地元に戻れずで彼女の事は忘れていた。
 だが夢は変わらなかった。幼い頃から映画好きだった祖母と父の影響で、ショートフィルムなど単館上映の作品などよく観ていた。
 映画監督。漠然とした夢だ。
 それでも大学在学中には何度か作品は創らせて貰った。しかし制作には金が掛かる。バイトだけでは生活費を捻出するだけでやっと。
 一石二鳥の様な事はないかと模索中に大学の先輩の一人から話を持ち掛けられた。
 心霊動画を創らないか。儲かるぞ。
 確かに使用料で儲かる事実は知っていたが、正直に騙している様で気分は良くなかった。
 だが渋々に話に乗った。先輩の映画なんて大抵フィクションだとの言葉に言い包まれたと思い込んで。でも製作という過程に関われるのは良い経験だと思ったのは事実だ。

 
 動画製作は最初から上手く行った訳ではない。質を上げるには制作費が掛かる。それに良いアイディアでも演者次第で駄作に。
 良い役者なんてのも雇うには制作費次第。要は何にしても金だ。持ち合わせの機材と伝手だけでは頭打ちになるのは目に見えてた。
 そんな中、活動を供にしていた先輩が劇を見に行こうと誘われる。
 大学の演劇部のだ。どうやら先輩の知り合いが指揮を執ってるらしい。
 見に行く価値が有るとは思えなかった。
 だが部をやっている奴には金の卵が偶には眠っているもんだ。そいつを安く雇う。先輩の言い分だ。正直その偶にとはまぐれを通り越した奇跡としか思えなかったが。
 渡された演劇部の手造りパンフを見て僕の気が変わる。
 演者の名に嶋沢子との記載があったからだ。

 
 彼女が住む筈の地元。だが同姓同名だとも。その名を見るまで忘れていた存在。今更ながらだ。
 だが結局、先輩と観覧に来ていた。期待ではなく仕事と割り切って。
 劇が始まってものの数分で欠伸が出た。期待を裏切らない手作り感。
 四谷怪談という着想はいい。だがもっと魅せ方って言うもんが有るだろうが。中盤過ぎてもう文句しか出なかった。
 彼女を捜すより眠気との戦い。もうその事すら忘れた頃だった。

 舞台の空気が変わる瞬間を見た。あからさまに井戸から誰かが出て来ると勘づいてもだ。

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