小説

『心礼動画』洗い熊Q(『東海道四谷怪談』)

 大学卒業後は仕事をしながら小さな劇団に所属して、厳しい予定の中で心霊動画の撮影を。
 苦労してきた甲斐があって動画の評価も上々。それなりの高額での買い取りが続き順調で直樹も喜んでいた。

 でも私は少し虚しい気持ちが。
 直樹は映画監督への夢は失ってしまったのかと。
 今は準備段階。そんな彼の言い回しに納得の顔を出しながらも、内心は焦れったくも鬱々とした気分。舞台で準主役を演じても、やはり立ちたいのはフィルムの中でと。
 胸が苦しい想い。

 本当はその頃から。いいえ初めて彼の作品を観た時。その気持ちはあったんだ。
 恋をしていた。
 下見で現場に二人で行ったり。
 打ち合わせで二人で朝まで話し込んだり。
 特別でもない、ただ二人で一日過ごしたり。
 それでも恋人同士にはなれなかった。監督と女優という関係。蟠りがあるのは私の方か。直樹が立派になるまで。
 そう気持ちを抑え込んでいたんだ。

 歯がゆい気持ちが擽りながら。
 じっと本音を演技で隠し通す日々。
 そんな折に打ち上げと称し数人で呑みに行き、終電を逃す頃には二人きりで。
 珍しく潰れるまで飲み明かした直樹は目の前。目を醒ますまでと寄り添って見守った。
 そしたら彼は急に寝言の様に。
 あっと言わせる映画を撮る。きっと成功するから俺に付いてきてくれ。
 それが役者へ向けたものだったか、そうでないのか。
 はっきりしないでも私は嬉しかった。諦めていない。彼も鬱々とした想いでいたんだって。
 そのまま彼が抱きついてきても拒絶する理由は私にはない。
 酔いのせいだとの言い訳。鬱憤晴らしだったでもいい。私は受け入れた。
 愛の言葉なんてなかった。貪る様に私の身体に吸い付く彼を抱きしめ返したんだ。

 一晩、彼の家で過ごしてそのまま。
 翌朝には仕事。夜まで舞台の稽古へ。何時もと変わらない日課の終わり。帰り道を歩きながら、何時もとは違う細やかな充実感があって。
 直樹に何て電話しよう。寝たままの彼を置いて来て、逢う時に私は何て答えたらいいのか。
 でも憂苦でなく少し楽しみで。僅かにでも先に向かって進んだ気がして。
 思わず微笑んだ。

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