「わからんぞ。本当は、しわしわの垂れたおっぱババアかもしれへん」
「やめてよ!」
「はは、冗談冗談。でも、今度声かけてたら、いいんちゃうん? 彼女、友だちとかもおらへんと思うし。頑張れ! 若者!」
大見さんは俺の肩をポンっと叩く。はい! 頑張ります! と素直に言えなかった。俺は今西さんがしていた、ある行為に、ふと疑惑を覚えたのだ。
彼女は確かに授業中に隠れて、昆布飴をなめていた。
週末、俺は思い切って、今西さんに声をかけてみる。今日は院生仲間で軽い飲み会をやる日だった。
いきなり今日は無理です、と言われるかと思ったが、少しだけならと来てくれることになった。
大見さんを含む男女十数人で、「ジュゴン」に出かける。最初は静かなものだったが、アルコールが進むと、あの教授はゼミでパワハラが酷いだの、数十年間ずっと院に在籍している賞味期限切れの先輩が不気味だの、「院生あるある話」がそれなりに盛り上がった。
当の今西さんと言うと、最初は様子を伺っていたのか無口だったが、同じ研究領域だった隣の女子と話し始めると、徐々に勢いが増していき、気が付くと話の行く末をコントロールする、トークキーパーになっていた。
大見さんがうまく図ってくれて、俺は飲み会の後半に今西さんの隣に座ることが出来た。既に周りとの壁が取っ払われていた今西さんと親密になるには、そう時間がかからなかった。
飲み会終了間際、俺は今西さんの連絡先をゲット!
やったぜ! と内心思いながら席から立ち上がると、今西さんもちょうど同時に立ち上がった。
「はぁ……痛ててて」
と、腰をトントンと叩きながら、背伸びをする。
やがてポケットから、例の昆布飴を取り出し、頬張った。
一気に酔いが覚める。疑惑はさらに、深くならざるを得なかった。
「ん? 何?」
二重の大きな今西さんの目が俺を見つめる。
やばい。無意識のうちに凝視していたのか。
「あ、いや、なんか、変わった飴だなって」
「あぁ。食べる? はい」
今西さんは、赤いコートのポケットから昆布飴を掴み、俺の手に握らせる。
「昆布……飴?」
俺は敢えて、知らないふりをする。
「初めて当てた人に出会えた! 大体みんなそのまま頬張って、うわ、何これって吐いちゃうんだよねぇ」
「いや、なんか、俺のじいちゃん家によくあったから」
「はは、そうだよね。こんなの年寄しか食べないもんね。あたし……ババアだからさ」
と言って、今西さんは二個目の昆布飴を頬張った。
胸がドキッとする。
これは「G宣言」と取っていいのだろうか。