小説

『ラグナグの鏡』風呂屋龍乃介(『ガリバー旅行記 第三篇』)

 例えば、友人の家で鍋パーティー等があった時、お酒を入れるものがないからと言って、近くに置いてあるコップに酒を注いではいけない。
 なぜって? 俺のダチが、とある家に遊びに行って、同じような状況になったんだ。近くにある陶器のコップを見つけて、ビールを並々とすすいで、一気飲みした。
 ガツッと、ダチの親知らずに直撃し、何かの金属がアルコールと共に流入してきたそうだ。器官に入りそうになり、咄嗟に吐きだしたという。
 見ると、アルコール消毒された入歯が転がっていたんだって。
 これは笑い話として済ませられるが、世間では、この筋の話で全く笑えないエピソード……と言うか、事件・事故が多発してる。
 そもそもの発端は、数十年前にインド洋の北メンチネル島から漂着してきた一人の若者・通称ヤングマンから始まる。北メンチネル島は、メンチネル族と言われている民族が数百人ほど住んでいるとされ、数千年間、外部との接触を一切拒絶している。たまに漁師が誤って流されて行き着くことがあるが、容赦なく殺害されるそうだ。
その島民であるヤングマンが、近隣の大陸に誤って流れ着いてしまった日の出来事は、一日と経たず世界を席巻した。
 ヤングマンは、普段なら島に生息する蟹を取るために使用していたであろう、鋭利なモリで近隣住民を刺殺し、逃亡した。
 近隣住民は一日がかりで、ヤングマンを捕獲。
 縄で縛りつけ、拘留しようとしたが、ヤングマンはその最中に憤死した。
 ここまでなら、B級ネットニュースになる程度だが、問題はその後だった。
 ヤングマンを政府が検死した際、驚くべきことが発見されたのだ。外見上は十~二十代と考えられていたが、多くの科学的観点から測定すると七十から八十代の男性と推定された。加えて、ネットでは二枚の写真が拡散された。
 一枚は、漂着した当時のヤングマンとみられる写真。モリを持って、目が血走っている凶暴な若者。
 二枚目は、憤死した直後のヤングマンとみられる写真。全身の肉がただれ、顔はしわだらけの老人。
 後者の写真は、加工したフェイク画像とする説が大半であり、人々の記憶からすぐに忘れ去られた。
ヤングマンの若き画像にのみ世界中の人々が驚嘆し、やがて淡い希望を抱いた。この男は、永遠の若さを我々に提供してくれる奇跡の贈り物になるのではないか、と。
 世界中の人々の期待に応えようと、多くの科学者がヤングマンの研究に名乗りを上げ、プロジェクトチームが編成された。DNA解析等が思ったより進み、ついに若さを驚異的に保つ「ヤングドラック」が完成する。
 人は、この新薬開発後、二つの部類に分けられた。
 一つ目は、月日と共に老いていく生き方。
 二つ目は、月日が過ぎようとも若いままの生き方。

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