結論から言うと、もちろん世の中は後者で溢れかえった。
我が国の政府も若い活力が増え、さらに人口が増えると大いに期待した。
だが、薬が販売されてから数か月後、以下のような注意書きが新たにヤングドラッグのラベルに小さく書き加えられる。
「若返りが期待されるのは外見のみです。内面において効果はありません」
研究室でラップに合わせながら、キーボードを打ちまくっていると、ポンポンと、肩を叩かれる。
ヘッドフォンを取ると、大見さんが笑顔で立っている。
「俺は帰るけど、純君、まだ論文書くの?」
「あ、俺も、もう帰るわ」
「俺、夕飯食うてなくて。どう? 奢るから」
「やった! 行く! 行く」
俺達の通っているS大学院は夜六時からスタートし、終わるのは最長で二十一時。
院が始まる前に喰いそびれると、授業後には猛烈な飢えに襲われる。
俺は急いでコートを着るが、なぜか縮んだ感覚を覚えた。
「よう似合ってるでぇ!」
隣にかけてある女子の赤いコートを着てしまった俺の姿を観て、大見さんはガハハと、顔をしわくちゃにして笑っている。
大見さんを観ていると、年を取るのもいいなと思う。背こそ低いが、純白の白髪頭と分厚いメガネが、渋み溢れるオトナな老人を際立たせている。俺も大見さんみたいな老人になれるなら、老化も悪くないかなと最近思い始めていた。
俺と大見さんが通う大学院の近くにある「ジュゴン」は、定食屋兼飲み屋として、多くの学生の腹を満たしてくれる。
二十一時を過ぎても、うちの院生含め、多くの若者が大盛りになった激安定食を食べていた。
「今日は、ええとこまで書けたん?」
大見さんがキムチハンバーグ定食を頬張りながら話す。
「二十ページ書いたら、一応完成。あと今日はクソ五月蝿い隣がいなかったから、マジはかどったわ」
「ん? 今日、間島君、休みやったん? めずらしい」
「いや、休みっつーか。あっち」
俺はホッピーを一度おいて、人差し指で天井を指す。
「え? 何? どういう意味? ここ二階席あったっけ?」
「いやいや、そういうことじゃなくて……天国に行ったってこと」
「は!?」
「駅前で力尽きて、お亡くなり」