小説

『ラグナグの鏡』風呂屋龍乃介(『ガリバー旅行記 第三篇』)

 今西さんは、小さく頷き、ポケットからカードを出す。
 Yカードだ。今西さんは、Gじゃなかった。
「……一緒だね」
 俺も財布からYカードを出した。
 カードの光沢がスマホの光を反射し、汗だくになった今西さんの顔と、胸の谷間が俺の視界へ入ってくる。
 俺の手が今西さんの肩に触れる。
 やわらかい肌の感触が、俺の脳に知覚された。
 後は、よくわからなかった。気が付けば俺の手が勝手に今西さんの全身に絡みついていた。俺の手だけでなく、足、そして口、その他が勝手に今西さんに吸い寄せられるように、荒々しく蠢く。
 俺達は激しく、激しく求め合った。

 

「S市X地区・M中学校校庭より入電。校庭に隣接されている体育館倉庫において、遺体を確認。自然死と観られる。詳細は追って報告」
 体育館前の倉庫で、若い捜査官が無線で連絡をする。
 倉庫から中年の捜査官が気怠そうに出てくる。
「いつものやつだよ、全く」
 若い捜査官は敬礼をし、中年の捜査官に尋ねる。
「若者詐称案件でしょうか」
「そういうこと」
「その……付添人がいたことから、死因は……その……」
 若い捜査員は躊躇し、黙り込む。
「そういうことだ。お前も現場に来い」
 若い捜査員と中年捜査官は体育館の倉庫に入る。
 そこには、皺だらけのミイラと化した遺体が横たわっていた。
「死後、急性老化現象……初めて見ました」
 若い捜査官は無意識に目をそらす。
「こいつの相手は相当ショックを受けていて、今、カウンセリングを受けに病院へ搬送された。事情聴取はその後だな」
「その……私にはまだ分かりかねることがありまして」
「なんだね」
 中年捜査官は、あくびをしながら答える。
「急性老化現象を起こした、この男はYカードを所有しております。Yカードを会得するには、かなり高度な嘘発見器を突破しなければならないと聞いております。これは、偽造カードではないと思いますし……何故でしょうか」
 若い男は、Yカードを握り締めた男から、慎重にカードを取りだす。
 中年の捜査員はしばらく黙っていたが、つぶやくように話し始めた。
「……本部から今、連絡があった。この男は、Yカードを会得する直前から、認知症になってたんだ。つまり、自分が老人で『ヤングドラッグ』を使用したこと自体忘れてしまったのさ。だから、嘘発見器をいくら通しても反応しなかった。だって、自分が嘘をついていることさえ、忘れてしまったのだからな。なあ、お前知ってるか? 一回の性行為をするとどれだけ体力を消費するのか」
「いえ、わかりかねます」
「百メートルを全速力で駆け抜けるのと同じなんだってさ。そりゃ、天国まで駆け抜けちまうよな……なにしろ、九十過ぎた爺さんだったんだからさ」

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