小説

『ラグナグの鏡』風呂屋龍乃介(『ガリバー旅行記 第三篇』)

 大見さんはさらに黙ってしまった。ポタ……ポタ……と水滴が垂れる音が外から聴こえ始める。雨が降り始めたのか。
「……BLOOD」
 久しぶりに聴く単語……一度、脳内で日本語に置き換えて、再び、全文を和訳してみる。
「若い奴の血を飲むと、肝機能が回復した? 何これ」
「……ここ数カ月前から、若い奴が不可解な死に方しているニュース多いやろ」
「まぁ路上で通り魔に刺されたとか、公園で若者のバラバラ死体が見つかったとか……」
「狙われとるのよ、君らが」
 大見さんは、何かのホームページを俺に見せた。
 桃源郷のようなイラストが描かれており、その池から、鯉がジャンプする。
 やがて中央には『不老有死から、不老不死へ! 輝命会』という文字が現れる。
「最近、急成長している教団や。外見の若さと共に、内面の若さを! ってのをスローガンにして、言葉巧みに高齢者の信者を増やしとる」
 さらに大見さんは、他の動画サイトにアクセスした。
 動画には逃げ惑う若者を日本刀のようなものを持った若者達が高速ローラーボードに載って追跡し、やがて捕らえるまでが記されている。
 高速ローラーに乗った若者が日本刀を振り上げ……あまりにもショッキングな映像に言葉を失った。
「何やってんだ! こいつら!」
「若い奴の血を飲むと、心身ともに若返るって信じてるカルト宗教、輝命会。これだけ進歩した世の中でも迷信ってのはネットを通じて、どんどん広がるんやな……」
 俺は瞬時に、「アルビノ狩り」を思い出した。アルビノとは、メラニン色素の欠乏することにより、眩いばかりの白い皮膚や毛髪等を持つ人のことを指す。アルビノを持つ人は数万人に一人であり、多くの国おいて太古から「神の化身」として、一目を置かれる存在だった。もちろん、言ってしまえば、染色体の変異によるものだが、一部の地域では神の化身であるアルビノを持った人を喰うと、幸せになれるという習わしが信じられており、襲撃されて殺害。脳みそ等を奪われ、高値で売買されるという行為が現代でも行われているという。
「マジふざけてる! エビデンスも何もねーじゃねーか!」
「……僕ら初詣するやんか。それと同じ感覚かもしれへんな」
「……どういうことだよ?」
「科学だとか、証拠とか、データとか関係あらへん。古来よりそう信じられているし、信じていれば幸せなったと昔っからずっと、聞いたから、それが真実やと」
 俺は咄嗟に叫ぼうとしたが、黙り込んだ。大見さんが言う通り、確かに世の中において、因果関係がはっきりしていなくとも、行われている行事――我が国でいえば、鯉のぼりなり、七夕なり七五三なり――はたくさんある。もちろん我が国だけでなく、多くの国で、エビデンスに基づかない風習は星の数、いや星の数ほど以上に存在するかもしれない。俺はすべてを否定しないし、むしろ伝統行事には畏敬の念を払っている部分ある。しかし……ん?
 俺の脳裏にある残像が過った。
「大見さん、さっきの教団のページ、もう一回見せてくれ」

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