成り行きで亀松を助けてしまった。だが、根本的な解決はしていない。これからも子安は亀松を虐めるだろうし、宮浦も目を付けられたかもしれない。
いったい何をしているのだと宮浦は自問する。面倒に巻き込まれず暮らしたいのに。早乙女と目が合い、惹きこまれるようについあんなことを。
「魔が差した」とでもいうのか。悪い事をしたみたいだけど。
そもそも早乙女と会話をしたこともないのに、なぜ宮浦に助けを求めてきたのか。
早乙女は積極的な性格には見えない。授業中、手を挙げて発言する姿を見たことがない。日本人形のようにまっすぐに切り揃えられた前髪、後ろ髪は長く伸ばして肩まで掛かっている。肩幅が狭く色白で華奢、見る者にどこか心細さを感じさせる体だった。だが、黒目勝ちの瞳は強い意志を秘めていた。あの瞳には逆らいがたい奇妙な力があった。
今まで意識したことはなかったが、早乙女のことが心のどこかにあったのだろうか。いや、そうとも思えない。好きとか嫌いというより、そもそも早乙女について考えたことがなかった。
ともあれ、早乙女の『たすけて』という呼びかけがあったから、宮浦は亀松を助けたのは間違いない。
なぜ早乙女が宮浦を選んだのかわからなかった。
*
「亀松を助けてくれてありがとう」
鈴の鳴るような声だが抑揚はない。
なぜ早乙女に礼を言われるのか。宮浦は不思議な想いで早乙女を眺めていた。背丈は宮浦よりかなり小さいが奇妙な威圧感がある。
『たすけて』という早乙女の唇の動きを宮浦は思い出していた。薄い桜色の唇が滑(なめ)らかに動くさまは深海の怪しげな生き物を思わせ、名状しがたい色気を感じさせた。
心中(しんちゅう)を曇りない早乙女の瞳に見透かされそうで、宮浦は適当な質問を投げかける。
「早乙女は亀松となんか関係があんの?」
なぜ早乙女は亀松を助けようとしたのだろう。虐めを見過ごせなくてというのは立派だが、それ以外にも早乙女と亀松は何か特別な関係があるように思えた。だが、付き合っているようには思えない。垢抜けない亀松と、端正な早乙女の釣り合いの悪さもそうだが、そもそも種類がまったく違うように感じる。聖書と便座カバーのような。較べることが間違いに思えた。
宮浦の問い掛けに早乙女は目を細め、おかしそうに微笑んだ。
「関係って何かな?」
「単なる思いつきだけど……。親戚とか?」
「亀は助けないといけない」