小説

『桃燈籠』青田克海(『桃太郎』)

 権蔵はその今にも潰れてしまいそうな小さな命を優しく抱きます。と自然に涙が出て来ました。
「おいおい権蔵、お前が何泣いてんだ」
 権蔵はこの涙の意味が分からないように笑いました。権蔵は覚悟を決めました。小太郎には借りがあるのです。

 
 桃の燈籠が町を色づき始めました。権蔵にとって三度目の宝児祭。祭りの準備は主人に付きっ切りでした。
「信頼してるからな権蔵」
 怪しい行動は絶対するな。最近は主人の心の声も判るようになった気がします。権蔵にとっては嬉しい限りです。
 祭りの前日。体の空いた権蔵は小太郎の家を訪ねました。小太郎は留守で、小太郎の妻と子がおりました。権蔵は早速切り出します。
「神隠しにあうかもしれませんよ」
「…はい。習わしですから」
「もう二度と会えなくなるかもしれません」
「……やめてください。そんな不吉なこと」
「この町の人間は可笑しい。どうして子が攫われるかもしれないのに危険に晒そうとするんです」
「習わしですから。ずっとそう生きてきたんです。運が良ければ家族は安泰にいられます。私たちは笑顔で送り出して、無事にこの子が帰ってきたら笑うんです。神隠しに遭っても笑います」
「ねぇ、笑うって何ですか?そんなに大事なんですか?」
「……権蔵さん?大丈夫ですか」
「すみません。今日のことは忘れてください」

 
 小太郎の家を後にすると、権蔵は主人に呼び出されました。
「この祭りが終わったら、暫く家族の元に帰るといい、お前には助けられてるからな、少しは心も体も休めないとな」
家族に会える機会が与えられる。普段なら喜んだでしょう。しかし権蔵の心を決まっていました。

 
 祭りはやはり大変な賑わいを見せました。町の者は笑って、踊って、騒いで、揉めて。また笑う。権蔵は彼らが滑稽にしか見えません。山車がゆっくりと練り歩き、目標の川へと向かい始めた頃、権蔵は山の麓へ向かいました。
 山の麓で待っていると大きな籠を背負った芳兵衛がやってきました。
「芳兵衛」
 突然姿を見せた権蔵に芳兵衛は怪訝な顔をします。
「実は主人に頼まれんだ。今晩天気が崩れるかもしれないからな」

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