小説

『桃燈籠』青田克海(『桃太郎』)

「わかりました。後さっき飲ませた酒。あれは何の酒ですか。眠気がすごくて」
「普通の酒さ。体が疲れてんだろう」

 権蔵は北東に向かって走っていました。宮司の言っていることは信用できません。幸運なことに芳兵衛が歩いていった道は一本道です。権蔵は芳兵衛を見つけました。芳兵衛がいた場所は山の麓です。
 予想が確信に変わりました。権蔵は木に吊るされていた桃燈籠を外し、道を照らす灯りとして山へ入っていった芳兵衛を追いかけました。
 赤子が入った籠を担ぎながらも、芳兵衛はすいすいと登っていきます。普段体を鍛えている権蔵でも離されずについていくのがやっとでした。だが幸いにも尾行としては十分の距離を保てたので、バレる心配はありません。
 芳兵衛が行き着いた先は大きな洞窟でした。芳兵衛は躊躇せず中に入って行きます。権蔵もバレないよう慎重に続きます。しばらく進むと芳兵衛が誰かと話しています。暗くてはっきりと見えません。赤子が泣いています。籠から出されたのです。権蔵は必死に耳を傾けます。
「一年待ちきれなかった」
 その誰か。体の大きい芳兵衛が見上げて話すほどの相手です。目を凝らします。松明の明かりで薄っすら照らされたその姿。体は熊よりもでかく、頭には牛のような角が見えます。その姿は人外としか思えません。すると突然、赤子の声が聞こえなくなりました。
「早く食べたいな」
「我慢してください。こちとら子供がポンポン産める訳じゃないですし攫うのも難しい。何度も子が消えたら誰も町に棲みつかなくなるんで」
 権蔵は愕然としました。神隠しではありませんでした。芳兵衛が人外に赤子を売っていたのです。早く帰って主人に報告しないと。権蔵が思っていると人外が言いました。
「あぁサスケに感謝しないとな」
 権蔵は耳を疑いました。『サスケ』とは主人の名です。こんな場所で主人の名が出て来るということは主人は知っていたのです。知っていて芳兵衛に、この人外に赤子を与えていたのです。権蔵は震えが止まりませんでした。今すぐ叫びたくなりました。ここで叫んだら、どうなるかわかりません、なので逃げました。走って洞窟を出ました。綺麗な満月が出ています。雨が降ればいいのに。権蔵は心から思いました。そうすれば雨音とともに叫び声は遠くへ流れていくからです。権蔵は月を恨みました。

 
「一体、どこまで行ってんだ」
 結局、権蔵が戻ったのは夜が明けてからでした。小太郎は当然怒っています。
「いいじゃないか。それよりな。権蔵」

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