小説

『桃燈籠』青田克海(『桃太郎』)

「宮司は神に会えるんですよね」
「まぁ神に仕えるからな。でもな。権蔵お前は違うだろ。仕えてるのは主人だ。つまり戻らないと」
「いえもう少し」
「権蔵頼むからさ」
「いえもう少し」
 どうやら権蔵が立ち去らないことが宮司は納得いかないようです。
「……権蔵、酒飲むか」
「いえ、まだ祭りの途中ですし」
「それを抜け出してるのは誰だ。いい酒があるんだ。お前の主人でも飲めない貴重な酒だ。待つのも退屈だしな」
と持ってきた酒を宮司は権蔵に注ぎます。
「飲め、飲むんだ。ぐいっと、飲むんだ権蔵ぐいっと」と宮司が飲ませるために色んなことを言ったのですが権蔵が覚えてるのはここまでです。

 権蔵は飛び起きました。よっぽど疲れていたのか。酒のせいかわかりませんが、気づけば眠っていたのです。どれほどの時間が経ったのか。宮司の姿はありません。小太郎の元に戻らないといけない。立ち上がった権蔵でしたが足が向いたのは赤子が眠る小屋です。清めの時間は終わったのでしょうか。神隠しはあったのでしょうか。どうしても気になります。
 権蔵が歩いていると小屋から籠を背負った男たちがぞろぞろと出てきます。宮司の姿もあります。黒に身を包んだ男たちをその風貌から人々は「烏」と言います。儀式を終えた子は彼らによって、両親の元に渡るのです。神隠しが起こった場合、両親にいの一番に告げるのも彼らの役割です。特に騒ぐこともない男たちを見る限りどうやら神隠しは起こらなかったみたいです。
「良かった」と安堵の言葉を口に出した権蔵でしたが、何故か心から喜べません。悪い予感がしました。
 烏たちの後をこっそりつけていると一人、集団とは別方向へ行くひときわ大きな男がいます。男の名は芳兵衛。隣の村で一番の力持ちの有名人です。芳兵衛の向かう方向に人は住んで居らず山しかありません。
 赤子が消えるのは神隠しと言いますが、本当に神隠しなのでしょうか。神様が人を悲しませることをするのでしょうか。神隠しではなく、人攫いではないのでしょうか。権蔵は神社に戻り、宮司に話しを聞きます。
「芳兵衛が一人、違う方向へ向かいましたが、あれは何ですか」
「……あやつが返す親は随分離れているんだ」
「では神隠しは起こらなかったと」
「……あぁ」

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