小説

『桃燈籠』青田克海(『桃太郎』)

 主人は怒るどころか祭りの働きを褒め称えました。それ以降は付きっきりの仕事に就かせました。権蔵に秘密をバラさないように監視するためでしょうか。権蔵は主人の笑顔の裏が怖く感じました。
 昨夜の光景が脳裏に焼きついて頭から離れません。権蔵は忘れるように働きますが忘れられる訳ありません。
 主人に褒められました。しかし前みたいに喜べません。
 元気がないと主人に心配されました。祭りで疲れたのだと嘘をつきました。それからは背一杯笑うことに努めました。
 食事が喉を通りません。だけど食べたくても食べられない者もいるのです。だから食べました。そして吐きました。不思議なことに吐くと心が落ち着きます。権蔵は吐くことで正気を保ちました。
 権蔵は不眠になりました。最初苦しみましたが慣れれば何ともありません。昼間に眠気が来ますが水をかぶれば平気になります。段々冷たくなる水が心地よく感じる程感覚が麻痺してきました。
 権蔵はもう誰も信じられません。誰が真実を知るのか。疑い始めるとキリがなく、町の人全員が怪しく見えます。権蔵は嘘の笑みが上手くなりました。笑えばこの町に溶け込めるのです。
「笑う。食べる。寝る。そしてまた笑う。人はそれだけでいいんだ」
 主人がよく言う言葉です。
 では食べては吐く自分は。寝なくても平気な自分は。嘘の笑みを浮かべる自分は一体何なのでしょう。権蔵は自分が日々人間ではなくなっていると思いました。

 冬になりました。権蔵はあの洞窟の前にいました。あの人外がいるから、悲しい犠牲がでる。ならば人外をやっつけたらいい。風が強く吹いています。洞窟の中は風の音で反響します。人外の声にも聞こえなくもありません。本当にいるのでしょうか、実は夢ではないのか。宮司に飲まされた酒を飲んだまま、まだ眠っているのでは。もしくは祭りも赤子の神隠しも全部夢で、起きたら目の前に家族がいるのでは……。
 そんなことばかり考え入り口で立ち止まっていると足が震えてきました。恐怖心が体中を暴れるのです。権蔵の生き物としての本能がいいます。
–−決して会ってはいけない
 結局、権蔵は何もできず、洞窟を後にしました。

 夜一人でいる時は、家族のことを考えました。家族が生活できてるのも権蔵が奉公にでてるからです。主人に逆らったら、年貢を負けてもらえない、それどころか酷い仕打ちをされてしまう。迷いました。悩みました。家族は一番大事です。家族を守らないといけません。権蔵の使命です。見て見ぬフリをするしかありません。

 年を超えた時、小太郎が出産の報告をしに屋敷までやってきました。主人や小太郎、小太郎の妻は権蔵を呼び、赤子を渡しました。
「抱いてやってください」

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