小説

『桃燈籠』青田克海(『桃太郎』)

 小太郎の忠告も聞かず、心配した権蔵が扉をあけました。突然の訪問者に夫婦は慌てて涙を拭き笑顔で権蔵を迎え入れます。
「ご、権蔵じゃないか。どうしたんだい」
「泣き声が聞こえてな。何かあったのかい」
 権蔵が聞くと、夫婦は気まずそうに黙ってしまいました。夫婦は助けを求め小太郎に目をやります。「正直に答えてやれ」と小太郎はいいます。
「はい、実は……子供がね、帰ってこないの」
女が言いました。
「なんでだい」
「そういうものなんだい。そう、そういうもの。だから諦めるしかないんだ。でも悲しくて、悲しくて仕方がないんだい」
 夫婦たちはまた声を上げて泣き始めました。赤子のように泣く夫婦に権蔵はかける言葉が見つかりませんでした。家を後にすると小太郎から涙の真相を聞きました。
「神隠しさ。必ず祭りの後は赤子が行方を晦ます。昔から多いんだ」
「どうして?」
「神様の悪戯じゃないかな」
 祭りで町の子供が一人居なくなっているのにどこか他人事、誰に対しても面倒見の良い兄貴分の態度が信じられない権蔵は屋敷に戻り、主人に話しました。主人も驚いた様子を見せません。主人は言いました。
「そういうものだ。気の毒だがいつも神様が連れ去ってしまうんだ。でもな、悪いことばかりじゃない。いなくなった子の分まで皆で子を育てるんだ。そうして町の人間は生きて来た」
「でも、それって……」
 権蔵は喉まで出かけた言葉をひっこめました。悲しいことが起こるなら祭りなんてない方がいいのでは。言えるはずありません。しかし、受け入れられない権蔵に主人は「辛い時こそ笑え」とにっこりと目を細め優しく、優しく言います。権蔵は主人の言うように笑いました。ちゃんと笑えている自信はありませんが笑って納得させました。笑えば苦しい気持ちが楽になると思ったのです。
 しばらく経っても、あの夫婦の顔が頭から離れません。何かしてあげたいと思いましたが自分には何もできません。そこで権蔵は忘れる為に無我夢中で働きました。数ヶ月経つと思い出すことは減りました。人は案外強いものであると同時に冷たい者。権蔵はそんな自分が少し嫌いになりました。

 季節は春になり、再び祭りがやってきました。神様が何故神隠しをするのか分かりませんが、権蔵はできる限り赤子に目を光らせて神隠しを止められないかと思案していました。

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