小説

『桃燈籠』青田克海(『桃太郎』)

 昔、昔、あるところにお爺さんとお婆さんがおりました。お爺さんは山へ柴刈りに、お婆さんは川へ洗濯にいきました。お婆さんが川へ洗濯をしているとどんぶらこ、どんぶらこと大きな桃が流れてきました。さてこの桃は何故流れて来たのでしょうか……

 それはお婆さんが桃と出会うより数年昔に遡ります。あるところに権蔵という若い男がおりました。権蔵の住む家は村の外れで人が寄り付かない場所で、家族と米や麦を作っていました。権蔵は五人兄弟の長男で早くに亡くなった父親の代わりに一家を支えていました。

 しかし、ある年のこと。相次ぐ天災で年貢を納めなくなり、権蔵は不足分を奉公に出て賄うことになりました。奉公先は家から遥かに遥かに遠い大きな町でした。町一番の地主の屋敷で働くようになると、真面目な人柄と器量の良さが大変気に入られ、奉公が終わる頃には主人から正式に奉公に来るように命じられました。
 権蔵は二つ返事で承諾しました。大好きな家族と住めなくなるのは嫌でしたが、年貢の量を甘く見てもらえるから、弟たちが母を支えてやれる程成長しているのが目に見えてわかったからです。奉公に出てからも権蔵は家族の為に朝から晩までよく働きました。

 半年余りが経ち、奉公先での生活にすっかり慣れた権蔵は奉公先の主人や屋敷の者、町の人々と楽しい毎日を送っておりました。
 そんなある日、主人の家に一尺五寸程の大きさの桃が大量にやってきました。
「なんだ!こんな大きい桃見たことねえ!」
 権蔵は驚きます。
「よく見ろ。これは燈籠だぞ」
 と権蔵の横から口を挟んできたのは同じ奉公人で兄貴分の小太郎です。
「燈籠?食べられないんですか」
「色や形は桃を模して作られてるんだ。桃燈籠って言ってな。これを桃の花が咲く頃に合わせて 庭にある桃の木に吊るのさ」
「こんなに沢山吊るせませんよ」
「屋敷の分だけじゃなくてな。今度ある祭りで町の至る所に燈籠を吊るすのさ」
 町では毎年、春を迎えた満月の時期に五日間に亘り祭りが開催されます。その名も『宝児祭』。祭ではその年に生まれた赤子が元気に育つ為の儀式を目的とします。祭りの目玉は最終日。町の赤子が勢揃いし神社での祈祷受ける『永寿の夜』。そして祈祷後、巨大な燈籠を山車に乗せて町を通る『曳山車』です。
「それは祭りが待ちきれませんね」

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