小説

『桃燈籠』青田克海(『桃太郎』)

「権蔵に赤子を盗まれただと!」
「すまない。味方だと思って安心した。ここまでは一本道。お前たちが出会ってないということはまだ山にいるはず」
「サスケに知らせろ。遠くへは行ってないはずだ!探せ!」

 権蔵が再び山に入ってから数時間余りが経過しました。権蔵は桃の木に吊るしてあった桃燈籠を明かりにし、赤子を抱え山を登っていました。
「権蔵!どこだ。権蔵」
権蔵を呼ぶ声はどんどん近づいてきます。
「権蔵!でてこんかい」
主人の声も聞こえます。今までに聞いたことのないどすの効いた声です。  
 権蔵の体力は限界でした。今自分がどこへ向かっているのかもわかりません。赤子がまた泣き出しました。権蔵を呼ぶ声が確実に近くなっています。そんな追い詰められた権蔵が辿り着いた先は小川でした。

 夜が明けようとしています。このままでは捕まってしまうのは時間の問題です。
「一緒にいてはいけない」
 何もしてやれない自らの情けなさに涙が出ました。川がどこに繋がってるかわかりませんが権蔵は誰かに望みを繋ぐことにしました。桃燈籠の火を消して赤子をその中に入れ、川へ燈籠を流しました。
「ごめんな、本当にごめんな」

 しかし、燈籠はしばらく進むとどんどん沈んでゆきます。赤子の重さに絶えきれないのです。権蔵は自らの読みの甘さに失望します。急いで引き上げようと川へ入るとどうしたことでしょうか。火は消したのにも関わらず燈籠が光り出しました。そして沈みゆく燈籠は浮き上がり真っ直ぐ真っ直ぐ流れていきました。その姿はまるで自分の意思で生きると権蔵に伝えるようでした。

「いたぞ!」
 芳兵衛たちが権蔵を見つけました。主人もいます。
「権蔵!お前何してるのかわかってるのか」
 主人は権蔵の手に赤子がいないことに気付きました。
「赤子はどこいった!」
 燈籠の存在をバレてはいけません。燈籠よ。早く流れてくれ。権蔵は願いました。
「権蔵わかっているのか。もしも鬼に子を奉納しなかったら町がどうなるのか」
 権蔵は主人の怒った顔を初めてみました。まるで鬼のような顔をしています。
––笑え!大切なものを守りたかったら笑い続けろ––
 権蔵は主人が以前言っていた言葉を思い出しました。そして大きな声で笑い始めました。
「何が可笑しい?」

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11