小説

『花咲か姉さん』黒髪桜(『花咲か爺』)

 父に隠し子でも居たのかと勘繰ってはみたものの、優しい笑みを浮かべる母さんを見れば、全くの検討違いなのは明らかだった。
 口が開いたままの私を見て、父さんが説明してくれた。
「遠縁の子が、親から酷く虐待を受けててな。我が家で引き取ることになったんだ。」
 家族が増える。それが喜ばしいことなのか、11歳の私は知らなかった。ただ、非常に反応に困ったのを覚えている。
 それから1週間後、列島に大寒波が襲った日に、彼女は僕の家にやって来た。
「椿と申します。ご迷惑でしょうが、これからどうぞよろしくお願いします。」
 彼女は、見慣れぬ学生服に身を包み、不気味な程に真っ黒なリュックを背負っていた。そして、無機質な表情を隠すように、深くお辞儀をした。肩にかかっていた長い黒髪がだらんと、さらに彼女の顔を隠した。顔をあげても、視線は俯きがちだった。
 目の下にある小さな青痣が、異様な存在感を放つ。能面のような表情は、寒さで顔がこわばっているわけではなさそうだった。
 笑わない人、不気味な人。
 我が家の玄関先で、私が姉さんに抱いた第一印象は、そんなものだった。

 ところで、今回、姉さんに手紙を書いたのは、由紀子ちゃんから菫の種をいただいたからです。結婚祝いとあの日のお礼を兼ねて、とのことです。
 姉さんは、あの日のことを覚えていますか?私はあの日、ようやく姉さんと本当の家族になれた気がしたのです。

 我が家にやって来て半年以上が経過しても、姉さんは私たちに心を閉ざしたままだった。自分からは何も語らない。高校へ行く時だけ外出し、ご飯とお風呂の時以外は和室に籠りきり。家族でご飯を食べていても、いつも一番に食べ終わり、自分の食器を洗って部屋に戻ってしまう。そして、夜になると布団の中ですすり泣くのだ。
 そんな姉さんを見かねた父は、私と姉さんにお使いを頼んだ。取引先のお偉いさんが来るから、近くの和菓子屋さんに行って来て欲しい、と。夏休みのある朝のことだった。
 正直なところ、私は乗り気ではなかった。姉さんと二人きりになるのは気まずかったし、少し怖かった。会話もまともにしたことも無かったのだ。姉さんも顔にはださないが嫌に違いない。そう思えてならなかった。
 家を出ると、姉さんは私の一歩後ろを歩いた。案の上、話すことなどなく、蝉の音が沈黙を際立たせた。時折、ちらちらと姉さんの方を振り返ってみたが、私の足元を見ながら歩いているだけだった。

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