小説

『花咲か姉さん』黒髪桜(『花咲か爺』)

 姉さんが何を考えているのか。それは私の想像の範疇を一向に越えようとしない。小さな箱の中を、色の無い煙がぐるぐると循環するだけだ。何を話そう、と考えているうちに、歩幅は自然と広がっていった。
 その時、道の先でしゃがみ込む一人の少女を見つけた。地面には、倒れこんだ青いプランターとこぼれ落ちた土。私は思わずその子の元に駆け寄った。
 その少女こそが、由紀子ちゃんだ。
 由紀子ちゃんは、おわん型にした手で、必死に土をプランターに戻していた。折れた支柱、そこから抜け落ちた蔓、露出した根っこ、地面にへこたれる青い朝顔の花。
 見るも無残な姿の朝顔だったモノを、由紀子ちゃんは元通りにしようとしていた。
 「どうしたの。由紀子ちゃん。」
 顔をあげた由紀子ちゃんの目は、今にも涙がこぼれそうになっていた。
「朝顔がね、咲いたから、お母さんに見せようと思って。でも、落としちゃって・・・。」
 そこまで言って、ついに健気な少女の涙腺は爆発してしまった。
 母から聞いていた。その当時、由紀子ちゃんの母親は入院していた。交通事故で足を骨折したのだ。そんな母親を元気づけようと、自分の背丈と同じくらいの朝顔を、病院まで運んでいた。土の付いた手のひらを裏返し、甲で涙を拭う由紀子ちゃんに、私はいたたまれなさを感じた。
「大丈夫、元通りにしよう。」
 私はプランターを起こし、土をすくい始めた。ようやく追いついた姉さんは、私たちの後ろに立ち、ただその様子を眺めるだけだった。
 朝顔の根っこを突き刺して土を固めようと何度も叩いたが、支えを失った朝顔は、ただ頭を垂れるだけだった。花びらも所々破れており、腰の折れた老婆のような脆弱な姿にしかならない。
 その姿を見た由紀子ちゃんの泣き声は、蝉の声をかき消すほど、さらに大きくなった。それを聞いた私も、どうしようもなくて、情けなくて、泣き出す寸前だった。
 その時だ。私の後ろに立っていたはずの姉さんが、由紀子ちゃんの前に座り込んだ。そして彼女の頭を優しく撫でた。その時の姉さんは、力強く何かを決意したような顔をしていた。
 「由紀子ちゃん、って言うのね。私に任せて。」
 そう言って、姉さんはよれよれの朝顔の方を向いた。
 「もう少しだけ頑張って。お願い。」
 姉さんは、朝顔に優しく微笑みかけた。この上なく優しい笑顔だった。
 それは、初めて姉さんが笑顔を見せた瞬間であり、初めて私が姉さんの不思議な力を目の当たりにした瞬間でもあった。

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