由紀子ちゃんは残念そうにうな垂れた。
「それなら、悟さんから渡して貰ってもいいですか。椿さんが帰って来たときにでも。」
「それは大丈夫だけど。直接渡した方がいいんじゃ・・・。」
「いいえ、そんな。多分、椿さんはあの時のことなんて覚えてないと思うんです。私だけ覚えていて、なんて、とっても恥ずかしいから。」
そう言って、由紀子ちゃんは私に小袋を押しやった。
きっとそんなことない、姉さんも覚えているさ。私はそう心の中で呟きながらも、小袋を受け取る。その中には小さな薄茶色の粒がいくつも入っていた。
「菫の種です。菫の花言葉は謙虚、誠実だそうで、椿さんにぴったりだと思って。」
ああ、まさしくそうだ。あの忘れがたい人格と不思議な力の愛おしさを思い出す。
「わかったよ。ちゃんと渡しておく。」
それを聞いた由紀子ちゃんは、笑顔で帰っていった。
家に入ると、母がキッチンで料理を作っていた。父はまだ帰っていないようだ。
私は自分の部屋に荷物を置き、リビングの隣にある和室へ向かった。この六畳の和室は、ほんの数週間前までは、姉さんの部屋だった。今はもう姉さんの私物はなく、大きな和箪笥だけがポツンと部屋に取り残されている。
この部屋も、元通りになっただけさ。
私はそんなことを考えながら、和箪笥の小さな引き出しを開けた。その中から便箋と封筒を取り出し、机に向かう。
私はペンを握った。
拝啓
敬愛なる姉さんへ
寒さも日毎に厳しくなる今日この頃。姉さんもお元気にお過ごしでしょうか。東京も随分と冷え込んできて、最近雪も降ったようですね。ニュースで見ました。こっちでは雪なんか滅多に降りませんが、例年になく気温が低いようで、少し戸惑っています。こんな寒い日には、初めて姉さんに会った時のことを思い出してしまいます。
「お前に姉さんができるぞ。」
小学校の冬休みも終盤に差し掛かったある日、夕食の席で父はそう言い放った。私が11歳の時のことだった。
突然のことに、私は大変驚いた。その当時の私でさえ、言葉それ自体の意味を理解するのは簡単だった。そして、それが稀な状況だというのも容易に理解できた。
妹や弟ができるならまだしも、姉、だ。