小説

『カウント・オン』木江恭&結城紫雄【「20」にまつわる物語】

 俺は残りの指輪を手のひらに包むと、そのまますべてを窓からばらまいた。「うわー」「なんだこれー」とガキの悲鳴がうるさい。
「ヨガとか、瞑想とかやらされなかったか? SCATの治療セミナーでさ」
 F指定難病のSCATには根本的な治療法は存在しない。あるのは消極的延命策――なるだけ精神を平静に保ち心拍数を抑えるための子供だましばかりだ。 
「そうだっけ、あんまり覚えてないな」
「ああいうのするところってめちゃくちゃ静かなんだよ。あんまり音がしねえと、自分の心臓の音がうるさいんだ。このポンコツの心臓がな」
 俺は3パケ残っていたSCATの治療薬を取り出し、対面のイツカに放り投げる。20錠近くはあるだろう。
「それでキョータローは地中海特区に行ったんだ」
「ああ。世界で一番うるさい場所だったからな」
 悲鳴、爆音、銃声。薬莢が地面に落ちる音。心臓の音はおろか、命乞いの懇願すら聞こえはしない。
「カードはもう届かないぞ」
「え?」
 俺は散らかった部屋を見渡す。彼女はいつからここに住んでいるんだろう。イツカの欠片と、父親からのポストカードで彩られた小さな空間。
「当時の傭兵仲間に、娘がSCATだっていう奴がいたんだ。外国まで来て珍しいこともあるもんだ、って驚いたよ」
 イツカの目がわずかに見開かれた。
「あいつは地中海に眠ってる。俺が帰国する直前、撃たれて死んじまった」

【イツカ】
「そっか」
 多分、見たくなかったんだろうな。
 かわいそうな人だった。母さんは父さんの目の前で死んだ、らしい。オリンピックを控えた建築ラッシュで狂ったように賑わう街で、10トントラックにはねられたそうだ。その時わたしは母さんのお腹の中だった。奇跡的に助かった娘は難病持ちだと、生後1ヶ月もしないうちに判明した。
 耐えられなかったんだろうな。だからまあ、仕方ないことだ。ようやく台所で洗い物ができるようになったわたしを置いて、父さんが出て行ったことも。手紙を書くよなんて罪悪感を振り払うための薄っぺらい言葉を置いていったことも。
「SCATの治療、お金かかるでしょ」
「……指定難病保険がきくだろ」

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