小説

『カウント・オン』木江恭&結城紫雄【「20」にまつわる物語】

 大きな箱を開ける。
 中で男が眠っていた。
 だから今日は、燃えないゴミの日なんだけど。まあいっか。

【京太郎】
 ちくしょう。俺は奥歯を強く噛み締めた。四肢がずいぶん軽いのは空腹と手足の指輪すべてが抜き取られていたからで、犯人への憤りと己の間抜けさかげんに怒り心頭に発し文字どおり憤死しかけたがしかしスマートウォッチが盗まれなかったのは不幸中の幸いだった。このデバイスは俺の脈拍をカウントしスマートフォンアプリと連携し管理する機能がある。ごていねいに十数個の指輪を抜き取ったくせにこいつは放ったらかしとは、盗人はずいぶんとずぼらな奴なのかもしれない。
 だが、どうやって取り返す? 空腹と不安で貴重な心拍数を消費しながら、しかも俺が取り返そうとしているのは二束三文の指輪とスマホ――正確に言えばスマホ内ヘルスメーターアプリのライフログ――なのである。そんなものなくても生きていくのには支障ない。
 いや違う。そうではないのだ。俺は足を引きずり歩く。人間の記憶力などたかが知れている。歴史なんて大層なものに名を刻むのなんて億劫だ。それでも何かに留めておかなければ、俺の短い一生などすぐに消え去ってしまう。それこそ大学病院の難病指定患者カルテにしか残らない。わけのわからないドイツ語とともに。

【イツカ】
 ゴミを捨てて野暮用を済ませて部屋に戻ると全開の窓から風がぴゅうぴゅう吹き込んでいた。閉めるのを忘れていたみたい、そういえば昨日の夜はやけに寒かったな。このせいかな。
 踏み出した足がつるりと滑る。おや? ベッドと冷蔵庫と作り付けのキッチンで8割がた埋め尽くされた部屋のわずかな足の踏み場が、散らばったポストカードに占拠されていた。転がった画びょうがあちこちできらきら光っている。
 ああ。
 わたしは戦利品をベッドの上に放り出し、慌ててカードを拾い集める。1から19まで、ひとつひとつ数えながら拾い集める。
 消印も絵柄も毎年違う。変わらないのは万年筆のインクの色。前にもらったのは何処の景色だっけ。誰の絵だっけ。はっきり覚えているのはメッセージ。
 次は直接渡しに行くよ。
 ――今どこにいるの、父さん。
 回収したポストカードと画びょうをひとまず冷蔵庫の上に積む。あとで買ってこなくては、風なんかに負けないような世界一強い画びょうを。それにはお金が必要だ。
 そこでわたしは今日の戦利品のことを思い出し、ベッドに飛び乗った。

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