小説

『カウント・オン』木江恭&結城紫雄【「20」にまつわる物語】

「お前だろ!」
「そうだっけ」
「ったく……お前はさ……」
 キョータローは唇をいいっと剥いて、歯を見せた。
 笑った?
「忘れてた、言われるまで」
 腕から外した時計みたいなものを地面に落としながら、キョータローは鶏みたいに喉を鳴らした。 

【指定難病保険対象申請に係る報告書第15版 最終チェック現場にて】
「あーだりい……これで最後?」
「正真正銘最後! あとは准教授の仕事!」
「終わった……この47時間にわたる死闘…………」
「よし、京ちゃん先生に出してくる」
「あ。ごめん忘れたけど、今日あの人定時上がりだわ」
「は? 何で? 先に言えよ!」
「だから忘れてたんだって……約束があるんだってさ。帰りに栗買わないとって焦ってた」
「栗」
「記念だって」
「記念」
「買い忘れると人類最強に締められるって」
「人類最強」
「……コーヒー入れるわ」
「……頼む」
「そういやお前、SCAT都市伝説って知ってる? エーリック・シュナイダーの」
「ああ、60歳の時に恋人にプロポーズするんで部屋をバラで埋め尽くしたってやつ?」
「それただの実話」
「マジか」
「マジだ。はいコーヒー。都市伝説のほうはさ、実はエーリック・シュナイダー自身が自覚なきSCAT患者だったって噂」
「まさか」
「本人は2024年の論文発表後にすぐ亡くなって、本人の強い希望で火葬されたから真実は確かめようがないけどね。噂の出処は一時期シュナイダーの恋人だったという女性らしい」
「嘘くさー……だってシュナイダーって死んだときジジイだったろ?」
「だから都市伝説だって。ちなみにソースは京ちゃん先生」
「ああ、納得。さすが天才と紙一重の変人」
「いや実際天才、ってか奇才だけど。この話もさ、案外本当かもなとか言ってたし」
「マジで?」
「『ロマンチストは長生きするからな。根拠は俺』だって。まだ四十路のくせにさ」

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