小説

『カウント・オン』木江恭&結城紫雄【「20」にまつわる物語】

「ケータイだよケータイ。それ東京五輪前のモデルなんだ、もう今じゃ手に――」
「ピイー」「ごめん、なんて?」
「湯止めてこい!」
 声を荒らげると、さすがの彼女もしぶしぶといった体で台所に向かった。
 邪魔者がいなくなったところで俺はポケットからSCATの処方薬――実際のところその効果は気休めでお守りのようなものだ――を取り出し口に放り込む。黄緑と紫色の毒々しい錠剤を飲み下すと本格的にすることがなくなり、俺の視線は壁のポストカードへ向く。どこかの風景を写したものらしいが2030年の東京ではなく、外国か昔の日本で撮られたものらしかった。
「なにしてんの」
「留め直してんだよ。こういうのバラバラだと気になるだろ」
 床に落ちていた糸巻で水平を取り(この狭い部屋にはいろいろな物が散らばっている)、消印順にカードを整列させピンで留め直す。
「まあこんな汚部屋の住人だもんな、別にどうってことないか」
「そういうあなたの服もボロ布みたいだけど」
 ピンもうないのか? と振り返ると、イツカはベッドの下から引き出しを引っ張り出している最中だった。
「スマホ、うちにあるの持っていっていいよ。同じのじゃないかもしれないけど」
 引き出しには十数台の小型端末が詰め込まれており、その異様な光景は俺の視線を釘づけにした。
「これとかどうかな。古いよ」
 ここ、五輪後の区画整理があってからめっきり治安わるくなっちゃって――とスマホを物色するイツカ。本日の脈拍めでたく15万回を知らせるアラームが鳴り、俺は小さな盗人から再びポストカードに視線を移した。
「なあ、泥棒さんよ」
「先週も3人ぐらいそこの路地で倒れててさ。あれ、先週だっけ? 先月?」
 俺は応えずポストカードの一枚を指で指し示す。「俺、ここ行ったことあるぞ」

【イツカ】
 自分から欲しがったくせに、キョータローはもうスマートフォンのことなんか忘れてしまったみたいにポストカードを眺める。ここいったことあるぞと指差すからどんな場所かと聞いてみたら、くそみたいな場所だったと吐き捨てる。じゃあ行かなきゃいいのに。
 写真の中の海はメロンゼリーみたいな緑色、空はクレヨンで力いっぱい塗りつぶしたみたいな真っ青、海岸に並んだ家はM&Mみたいにカラフルで、こんな色とりどりなくそがあるもんか。

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