小説

『カウント・オン』木江恭&結城紫雄【「20」にまつわる物語】

 キョータローの声は固い。指輪のない手をぶらぶらと遊ばせている。
「そんなのあるんだ。知らなかった」
「知らなかったってお前」
「オリンピックの区画整理でここ、治安悪くなっちゃって」
「それはさっき聞いた」
「ないんだよね、コセキ? ってやつ? だからヨガ1回でお財布すっからかん」
 手っ取り早く金を稼ぐために父は戦場に行った――とかだったら、ボリウッドあたりにいい値で売れそうな感動家族ドラマだけど。ほんとは多分、見たくなかっただけだ。いや案外本気でわたしのためとか思ってたかもしれない。あれでなかなかロマンチストだったみたいだから、母さんとの馴れ初めからして。
「キョータローと同じ」
「何が」
「何でもない。こっちの話」
「意味分かんねえ」
「あとね、知ってたんだ」
「だから人の話を」
「お金来なくなったから。死んだんだろうなって」
 枕の下から母さん名義の通帳を取り出して投げ捨てる。残高はとっくの昔にゼロ祭りだ。
 母さんにはちゃんとあった。コセキとかまっとうなカゾクとか健康なカラダとか。わたしにはないもの、たくさん。
 ごめんね父さん、何にもあげられなくて。せめていい子でいようと思ったよ。思ったから。
「待ってろって言われたから。次は直接手渡すって言われたから、待ってた」
「イツカ」
 壁に並んだポストカードを一枚ずつピンから引きちぎる。誰だよこんな面倒なことしたの。こんな風にしたらすぐにわかっちゃう。カードが19枚しかないことも、すっかり日焼けした最後の1枚の投函日がもう何年も前だってことも。
 全部重ねて、無理矢理両手に握りしめて、窓の外に放る。ばらばら落ちていくカード。
 ゴミヤメロ! ツマミダセ! 誰かが叫ぶ。ごめんなさいな。
「ねえ、鳴らないね?」
「は?」
「ピコン」
 画面の割れたスマートフォンを指差すと、キョータローはため息をついた。
「壊したからだろ」
「壊れたんだよ」
「壊したんだろ」
「誰が?」

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