小説

『水曜日の午後にシロツメクサが降る町』イワタツヨシ(『浦島太郎』)

 降った雨は川を流れた。町には大きな川が四つ流れていた。いずれも四方の端から町の中央の貯水池に向かって流れていた。川の水は貯水池まで流れてくると、施設の装置できれいに浄化された後、地下を通って川の始まりまで送り出され、そこからまた流れ始める。川の水は澄みきっていてマスやヤマメの魚が泳ぎ、川原には沢蟹やヤゴやタニシ、蛍も生息していた。貯水池の水を私たちは水道水に使っていた。また、生活排水や下水も整備されていた。
 それから川の流れを利用して水力発電を行い、得たエネルギーを他のエネルギーに変換した。太陽光発電や風力発電もあった。
 気温は年間を通してほぼ変わらず、年中暖かかった。太陽と呼ばれる人工の装置が二十三基あり、それらは町の高い位置で、水平に、決められた軌道で常に動いていた。もともと人間の中にある体内時計が自然な状態にあって正常に機能するように、その太陽は時間軸で照度が変わり、大半の人たちはその時間帯に合わせるようにして暮らしていた。

 直方体の箱の外側は、有毒な灰色の液体で満ちていて、その灰色の世界は限りなくどこまでも広がっている。どこまでも、だ。子供の頃に私が聞くと、町の大人たちは口を揃えて「外の世界は危険だ。ずっと長い間、戦争をしている」と言った。「だからこの箱は私たちを閉じ込めているのではなく、そういう悪いものから私たちを守っているのだ」と。そう教わって、私はある時期までそれを信じていた。



「今、リビーのことを考えていたでしょう?」
 黙ってぼんやりとしていた私に横で妻がそう言った。
「考えていないよ」
「じゃあケイのことを考えていた」
「考えていないよ」と、私は笑って答えた。
 よくある妻とのやり取りだった。妻はよくそうやって私のことをからかった。あるいは私のことを心配していた。
 リビーとケイは、町にいたときの親友だった。町を出てから、しばらくの間、私は毎晩のように二人のことを夢に見た。今でもときどき見て、その夢に魘されることもある。夢を見た後、私はいつでも平静としていたが、妻は、本人が自覚しているよりずっと深刻なことかもしれない、とそれを心の闇のように言った。

 町の人たちがその町と外の世界を自由に行き来することはできなかった。第一に、外の世界は有毒な液体で満ちていると言われていたからだ。それから、町には法律があり、そこにはこう定められていた。「いかなる理由があっても十八歳を迎えるまで町を出ていくことは許されない」

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