小説

『水曜日の午後にシロツメクサが降る町』イワタツヨシ(『浦島太郎』)

「たとえば人が経験した悲しい出来事を夢に見ることがある。夢に見なくても、目が覚めたとき、突然、悲しみとか不安に襲われて凄く辛くなることがある」
 それが本当なら相当に深刻な病気だな、と思った。いつか授業の中でも言っていた。外の世界では至るところで戦争が起きている。リビーも、その話を信じると言った。

 後に、ケイと私は町を出ていき、リビーは町に残った。ケイが町を出ていったとき、彼はまだ十六歳だったが。



 厳密には、あの日彼は町から忽然と姿を消してしまったのだ。町中がパニックを起こしている間に。
「あの棟の中で秘密の部屋を見つけたんだ」
 ケイが私にそう話したのはあの事件が起きる七時間前のことだった。そんな話をされて、私は今からでもすぐに確かめに行きたかったが、彼が「明日がいい」と言うのでそれで約束したのだ。けれど、その放課後が彼と会った最後の日になってしまった。
 その時刻、私は眠りについていたベッドの中で、強い揺れを感じて目を覚ました。あの不快な揺れも始まっていた。だから私は、こんな遅い時間(午前零時を回っている)に誰が町を出ていくか、とぼんやりしながら思った。しかし日にちは十月一日だった。
 おかしなことはほかにもあった。その日の揺れは二時間以上も続き、やっと治まったかと思うと、すぐその後に今度はゴゴゴーという地鳴りのような音が聞こえてきた。今にも突き上げられるような強い揺れが起きる予感がして、私はしばらくベッドの中でじっとしていた。
 しかしそうはならず、しばらくすると緊急通報のサイレンが鳴って、町中に響き渡るその喧しい音が地鳴りの音を打ち消した。サイレンは鳴り続き、またしばらくするとその合間に別の報知音とアナウンスが流れた。アナウンスは、「町の大気が危険な状態になっているため、屋外にいる人は直ちに建物の中へ入るように。また建物の扉や窓を閉め切るように」と伝えていた。
私はしばらく二階の部屋の窓越しに外を見ていたが、そのうち窓を開けてバルコニーに出た。
 酷く寒かった。どうしてこんなに寒いのだろう。その原因は西の方角にあった。気付いてから、私はバルコニーの手すりから身を乗り出すようにしてずっとそこだけを見つめていた。西の方角の天井の壁がスライドして僅かに開いていたのだ――その間に、いくつかのことが脳裏を過ぎった。

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