小説

『水曜日の午後にシロツメクサが降る町』イワタツヨシ(『浦島太郎』)

 そして、十八歳を迎えてようやくその権利が与えられても、実際に町を出ていく人はほとんどいなかった。一年に一人か二人くらい。それでも長い年月で見れば、これまでに町を出ていった人たちは何人もいたが、出ていけばそれ限りで、町に戻って来た人は一人もおらず、音信もなければ噂さえ入って来ず、そもそも外の世界に別の町が存在するかどうかもその町ではずっと曖昧になっていた。
 町を出ていくときは、町と次のような契約を交わさなければならなかった。

一、町を出ていく者は、再びこの町に戻ることはできない。
二、町を出た後、この町で経験したこと、また所在に関することをほかの誰にも話してはならない。
三、町を出ていく者は、町を出た後、監視役に監視される。もしこの町に戻ろうとするなどこの契約に背く行為が行われた場合は、相当する刑罰を科する。

 私は十八歳のときにその契約を交わした。
 そう決めたのだ。決めた理由は好奇心、母や親友の存在……。こうして思い出していると、十八歳というのはその決断をするのには若すぎたかもしれない、と思うこともあるが。



 父子家庭で育った。父は科学者で気象庁に勤め、真面目で優しかった。父は私が十四歳のときに病気で他界した。だからそれから私は一人だったが、近所に面倒を見てくれる大人がいて何一つ不自由したことはなかった。
父が生前、まだ幼かった私にした話を後になってよく思い出した。それは本来誰にも漏らしてはならない話で、以降私がそのことをいくら聞き返しても父は口を閉ざしていたので、あれはもしかしたら夢の中の会話だったかもしれない、と考えることもあったが。
 私たちが生まれたのはこの町ではなく外の世界の町だ、とあのとき父は言った。科学者としてこの町に必要とされて、生まれたばかりの私を連れてこの町に来たと。この町がつくられて長い歴史の中で外の世界から入って来た人間は私たちくらいだ、とも言っていた。母はそこにいるか、幼かった私は父に聞いていた。それに対して父はただ、外の世界にいる、と答えた。比ゆ的ともとれるように。

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