小説

『水曜日の午後にシロツメクサが降る町』イワタツヨシ(『浦島太郎』)

 彼女と川沿いに真っすぐ続く石畳の上をしばらく歩いた。十八歳の頃のリビーは、美人で、しかしまだ体が弱く、華奢で体重は三十キロ台しかなかった。
「今でもまだ人の感情が伝染して怖い夢を見たりする?」
「そうね。ときどき」とリビーは言った。
「もし本当に世界のどこかで戦争が起きていて、今より酷い状況になったら」と言いかけて、私は続きを言うのをやめた。
「なったら?」
「なんでもない」
「そう」
「リビーはさ」
「何?」
「なんか、世界みたいな人だね」と、私は彼女のことを言った。
 すると彼女は立ち止まり、そう言った私の顔をまじまじと見つめ、ふう、と息を吐いてから、堪えきれなかったという感じでふきだして笑った。それにつられて私も笑った。
「世界みたいな人って、どういうこと?」と、彼女が言った。
「なんか、世界みたいな人だなって、思って」
「ふーん」
 彼女はそれがよほどおかしかったらしく、ずっとにこにこ笑っていた。それから突然、彼女は泣いた。
 正午を回り、草花が降り始めた。私は彼女の上に傘を開いた。
 しばらくの間、私たちは向かい合ったままでいた。彼女はずっと泣いていて、私は黙っていた。彼女が泣いている間に、私の頭や肩の上に草花が降り積もった。
 ようやく泣き止んで俯いていた顔を上げた彼女は、草花を被った私のことを見てふっと笑い、それから黙って頭や肩の上の草花を手で払ってくれた。私の頬にくっついた細かい葉のかけらを取ろうして、彼女の顔が近づいたとき、私は彼女にキスをした。
 それは、私が町を出た前日のことだ。



 新しい町は、市街地や農地がおよそ三百から八百メートルの緩傾斜地帯に広がっていた。町にはそれら山麓を源とする川が流れていた。その本流は私たちの町を出た後、どの川とも合流することはなく、そのまま隣の地域で、ゼロから三百メートルの地形を一気に下って湾にそそいでいる。

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