小説

『水曜日の午後にシロツメクサが降る町』イワタツヨシ(『浦島太郎』)

 病気を患っていて学校を休みがちだったリビーの自宅に、れんらく手帳や学級だよりとかのその日の配布物を放課後に届けに行くのはいつも私だった。彼女とは同じ班だったし、何より自宅が近かったからだ。
 リビーには両親がいない。祖母と二人で暮らしていた。玄関のベルを鳴らすと、いつもすぐに彼女の祖母が出てきた。出来ることなら、ベルを鳴らさずに玄関のポストに届け物を入れてさっさと帰りたかった。なぜなら彼女の祖母は、私が来ると二階の部屋にいる具合の悪いリビーを大声で呼んで、わざわざ玄関まで下りて来させるからだ。それから彼女の祖母は決まって「今、紅茶を入れるから上がっていきなさい」と言う。毎回それを断るのが面倒くさかった。
 二階から下りてきたリビーは、いつも私に頭を下げて「いつもごめんなさい」とか「本当にありがとう」と、律儀にお礼を言った。それも恥ずかしくて嫌だった。
 リビーは、毎週火曜日と土曜日に通院していた。彼女は病気を患っていたが、何の病気か、私の周りの人たちは誰も知らなかった。
 リビーが何の病気を患っているか、私は本人に直接聞いてみることにした。そう決めてから何度か機会を逃したが。その日の放課後、学校を休んだリビーの自宅にクラスの配布物を届けに行った。玄関のベルを鳴らすと、その日はリビー本人が出てきた。祖母は出かけていて今日は一人で留守番をしているという。
「大丈夫?」と、私は声をかけた。
「うん、大丈夫」と、彼女は答えた。「いつもごめんなさい」
「いいよ。でもさ、何の病気なの?」
 その質問をされて彼女は困った様子だった。少し俯いて、しばらく黙っていた。そうなので私は、やはり聞いてはいけなかったと思って、話を変えようとした。
 けれどそうする前に彼女の方が先に言った。
「まだ診断中だから、はっきりした病名は分からない。精神的なものだろうって言われた」彼女は言った。「それに、私の中で起きていることを人にちゃんと話そうとしたら、それを聞いた人はきっと私のことをおかしいと思う」
「たぶん、僕は思わないよ」
「うーん」と、彼女は少しためらってから話した。「人の悲しみや不安が遠く離れた人に伝染する病気ってあると思う?」
「どういうこと?」
「世界のどこかで悲惨な出来事とか悪いことが起きたとき、そこで生まれた人の深い悲しみや不安とかの感情が、遠く離れた人に伝染すること」
 それについて、私は、子供ゆえに、ただ自分に知識がないだけで世の中にはそういう病気もあるのかもしれない、と思った。
「伝染するとどうなるの?」と私は聞いた。

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