『鬼の勇気』
比良慎一
(『桃太郎』)
矢吹は舞台で桃太郎の鬼を演じていた。しかし、矢吹にはある疑問があった。それは、鬼が悪さをした証拠はあるのか、というものだった。もし冤罪だったなら、復讐に燃える鬼と桃太郎の戦いは、これから始まるのだと矢吹は考えた。世間が知る桃太郎はまだ序幕なのだ、と。
『消えない』
草間小鳥子
(『生まれ変わりのしるし』)
「私は、叩かない」。そう誓った菜穂が生まれたばかりのカナを叩いた時から、三日月型のあざと手のひらの痺れは消えない。許されなくても、救われる日は、いつか来るのだろうか。
『父をたずねて三十里』
森水陽一郎
(『クオーレ』)
幼いころに失踪した父が、猫泥棒をして捕まっていたことをインターネットの記事で私は知る。彼の住まいをたずねるが、すでに借家を引き払い、父は「終末の日々」をすごしている。彼がなぜ、自分と同じ名を息子につけようとしたのか、野良猫ばかりを盗んでいたのか、対話によってひもとかれていく。
『血の池地獄でレッツポールダンス』
風見がいこつ
(『蜘蛛の糸』)
お釈迦様が極楽から地獄を見おろすと、神田多恵という女が苦しんでいる。ポールダンサーの彼女はファンを使い捨てして惨殺されたが、生前ホームレスにダンスをタダで見せた善行に対し、お釈迦様は1本のポールを差し出した。踊る喜びを取り戻した多恵は極楽まであっさり上り詰め、お釈迦様もびっくり。
『だいだらぼっちの色鉛筆』
骨谷そら
(『民話だいだらぼっち』)
マンションの中庭に突然、像が置かれた。名札に「だいだらぼっち」と書かれた像は、「私」に話しかけてきた。その声は、お金持ちの恋人に乗り換えるために振った元彼の声。しかしだいだらぼっちは、誰にでもなることができ、それゆえに誰でもない曖昧な存在だった。ある日、中庭が火事になり……
『アマエビください!』
粟生深泥
(『アマビエのお話』)
“僕”がバイトをするスーパーに「アマエビ」を求める少女がやってくる。話を聞いてみると少女が求めるのは頭痛の母親を癒すための「アマビエ」の絵だった。かつて絵を描く仕事をしていた僕は少女の為にアマビエの絵を描きながら、絵を描きたくても描けなくなった胸の奥に巣くう病に思いを馳せる。
『みみみみみ』
香久山ゆみ
(『耳なし芳一』)
ある朝突然、右耳が聞こえなくなった。おそらく亡き母が持っていったのだろう。私は良い娘じゃなかったから、それで親孝行になるなら構わない。どうせ私の話など誰も聞いていないのだし。けれど、片耳しか聞こえないのはやはり不便で、私は息子とケンカしてしまう。
『世界一有名な遠距離恋愛』
香月彩里
(『七夕物語〜織姫と彦星〜』)
織姫と彦星は、年に一度七夕の日だけ会うことを許され、織姫はカササギの背中に乗り彦星の元へと会いに行っていた。長年、遠距離恋愛をしてきた二人だが、ある日カササギは彦星から「織姫と別れたい」と打ち明けられる。別れたい彦星と、彦星にぞっこんの織姫との間に挟まされ奮闘するカササギの物語。
『きみょうなしごと』
くろいわゆうり
(「判決」「流刑地にて」「城」)
モロは幼少期通っていたスーパーマーケットへ7年ぶりに訪れた。昔と比べ広大になった店舗内は、朝から多くの客で溢れていた。そこで巻き起こる出来事を通じて、モロは母親との関係性を見つめなおすことになる。そして、店舗内で、モロは「きみょうなしごと」の一端に触れることになる…。