「織姫と別れたいと思ってる」
彦星の言葉に、カササギは、ついにこの日が来てしまったと思った。
織姫と彦星が、天の川を挟んで離れ離れになった時、
年に一度、私が織姫を背中に乗せて、彦星の元へお連れします。
そう言い出したのは、自分だ。
最初は、２人から命の恩人のように感謝され、それが嬉しくて
7月7日に体調を崩さないよう体調管理も、
長距離飛行に対応できるように、独自のトレーニングも重ね
これまで、一度も事故や病気もなく、2人の期待に応えてきた。
いつしか初対面の方に
「あの織姫を毎年乗せてるカササギさんですか？」
などと聞かれるようになり、
有名になる事は、ちょっと気持ちよかったけれど、それよりも
2人の大事な1日に、自分が携われることが何より誇らしく嬉しかった。
「やっぱり、遠距離恋愛っていうのが、自分には限界っていうか・・」
彦星は聞いてもいないのに、別れたい理由を話し出した。
でもカササギは、なんとなく予感していた。
なぜなら、織姫は、
太った。
とても太ったのだ。
毎日会っていると、体重の増加というものは、あまり気づかないが
年に一回となると、フェイスラインやボディラインの変容ぶりがよくわかる。
徐々に、背中に乗せた時の重みが増していたので
実は、トレーニングの強度も上げていた。
「カササギから、織姫に伝えてもらえないかな？説得してほしいんだ」
「私からですか？！」
絶対イヤだと思った。
まず、そもそも織姫が別れることを受け入れるとは到底思えない。
彦星は知らないと思うが、織姫の部屋には、
彦星の写真を拡大プリントアウトした巨大ポスターが貼ってあり
いわゆるイメージボードというのだろうか、未来こうなっていたいと思う
イメージ写真を貼り付けるボードには、ウェディングフォトの切り抜きが貼られ
顔だけ織姫と彦星になっている。
さらに、織姫は『遠距離恋愛攻略本』や、『最後に選ばれるのは待てる女』など
いくつも恋愛の自己啓発本を出版しており、機織りの仕事は辞め、
自分の立場を活かしてビジネス活動にも精力的に励んでいた。
そして、貯めたお金で天の川に橋をつくり、いつでも彦星に会える計画を立てていた。
言えるわけがない。
「彦星さま、織姫を説得するためには、何か、織姫が納得できる理由が必要だと思います」
彦星は少し考えてから
「・・・行方不明になってる、とかはどうかな？」
「全制力を使って探しにかかると思います」
「・・・じゃあ・・・犯罪を犯して捕まった、とか？」
「・・・どんな犯罪ですか？」
「うーん・・・盗み？」
「やっぱり私がそばにいないとだめね、などと言って同棲を提案されると思います」
「そうだな、言いそうだな・・・・」
彦星は部屋の中を歩きながら、考え始めた。
彦星の部屋は、ザ・ミニマリストだ。生活に必要最低限の家具、ものだけがあり
タオルやベッドカバーなどはグレーで統一されていて、
観葉植物に合わせて、緑のアンティークオイルランプを置いているところに、
センスを感じる。
「ああ、そうだ・・・これも返してほしんだ」
彦星はクローゼットから、箱を取り出した
「織姫が来るたびに、うちに忘れていったシャンプーとか・・・」
箱の中には、化粧品関連や、部屋着、ヘアアイロンなどが入っていた。
彼氏の家に、わざと自分の私物を置いていく行動をマーキング、というらしい。
彼氏がたとえ部屋に異性を連れてきても
自分の存在を残すことで、相手を威嚇できる。
そう織姫の本に書いてあった。
たしか「織姫流“彼氏を虜にする50のルール“」という本だった気がする。
「・・・彦星さま、本当のことを伝えるのはどうでしょうか？別れたい、本当の理由を」
「・・・」
「彦星さまが真意に伝えたら、織姫も理解してくれると思います。伝えようとする努力をー」
「好きな人ができたんだ」
彦星は食い気味に言った。
「え？」
待て、それは、まずい。
それを正直にいうのは絶対まずい、命の危機に関する問題になる。
「好きな人・・ですか？」
「ああ、隣町で、同じ牛飼いをしている娘なんだが・・・彼女の歌をつくった。
カササギくん聴いてもらえるかな？」
彦星はベッドの横にあるギターを手に取った。
「ちょっと待ってください・・・」
「本気なんだ！！」
そんな大きい声出るんだとびっくりするくらい彦星は大きな声で言った。
カササギは彦星をなだめるように
「わかりました！落ち着いてください！・・・・今日は7月5日です。
さすがに、2日前になって別れたいは、織姫も納得しないと思います。
自分の誕生日の2日前に別れ話されるみたいな感じで、
楽しみにしていた分、感情の整理ができないというか・・・なので
今年は会いませんか？そして、今後のことを話し、お別れの話をする。」
「・・・」
彦星はベッドに座り込み、大きなため息して言った。
「もう顔も見たくないんだ」
なんでだよ！どうしてそこまで嫌いになっちゃったんだよ！
「・・・でも、織姫は彦星様を愛しています！」
そういうと、彦星はフッと笑い
「彼女は、僕を愛していないよ・・・」
そう言ってギターを構えて窓の外を見た。
今にも歌い出しそうな空気だ。
「出会った当初は、お互い惹かれあっていた・・・そして、ずっと一緒にいたいと思った、知っての通り、お互い仕事もせず全てを投げ出し、ただただ一緒にいた。
離れ離れになってからも、僕は彼女のことをずっと想い続けていた・・・
でも、カササギくんも気づいているだろう？織姫の変化に？」
「・・・・まあ、はい・・」
彦星は、ギターをポロロンと奏で、BGMをつけはじめた
「僕は、昔の織姫が好きだったんだ・・・純粋で健気で・・・まっすぐな・・・
今は、もう変わり果ててしまった・・・」
カササギはコメントに迷った。同意する気持ちもあるけれど
同意するのは違う気もする・・・ってかなんでギター弾いてるんだよ。
「彼女は、僕が好きなんじゃなくて、有名な僕の彼女でいることにステータスを感じているだけなんだよ」
おや？と、カササギは姿勢を正した。
「昔は、お互い何者でもなくて、何も持っていない、ただの若者だった。
でも今は、僕は有名人だし、それなりに経済力もある。
そんな有名な僕の彼女でいることで、彼女は自分もまるで何者かになったかのように
自己承認欲求が満たされて・・・そう、彼女は有名な僕を使って、自分を満たしているだけなんだ！カササギくんもその彼女の心の変化に、ちゃんと気づいていただろう？
昔は、そんな子じゃなかった・・・」
彦星ってこんな人だったっけ？と思うと同時に
彦星が、別れたい理由を、織姫が太ったからだと勘違いしていた自分は愚かだが
はるかに織姫の方が有名で（天帝の娘だぜ？）、経済力もあるのに、自分を有名有名言って自分しか見えていない彦星も、なかなかの愚かだなと思った。
これはどっちかだ、
殺人事件が起きるか、互いに冷め、2人は絶縁し、新たなパートナーを得て幸せになるか・・・
カササギは、もう逃げ出したくなった。自分たちでなんとかしてくれよ、と。
「カササギくんっ頼むっ、僕には頼れるのが君しかいないんだ！」
彦星は跪き、捨てられた子犬のような目でカササギを見た。
だめだ・・・断れない。
「・・・ご期待に添えるか、わかりませんが、努力はしてみます・・・」
「どっちの服がいいと思う〜？」
鏡の前で、織姫は彦星に会いに行く、洋服のコーディネートを考えている。
「・・・・どちらもお似合いです・・・」
「やっぱりシンプルなのがいいかな〜素材は上質で〜オーガニック的な？」
かれこれ２時間、これをやっている。
カササギはどう切り出そうか、ここへくるまで
ずっと考えていたが、結局、何も思いつかなかった。
そもそも自分が、逃亡したら、2人は会えないので自然消滅するかな・・・
とも考えたが、織姫はすぐに新たなドライバーとなるカササギを探すだろう・・
本質の問題は、何も解決されない・・・
実は、織姫の元へ来る前に、占いで有名な、デネブの元へ寄って相談した。
引っ越しや、旅行など大きい動きをする時は、必ず占い師に見てもらう友人がカササギにはいるが、占い師に言われた通りに、東へ行けと言われれば東へ行き、西へ行けと言われれば西へ行き、北へ行くなと言われれば、南へ行く。秘め事も全て占い師に話すそんな友人を見て、そんなすがらなくても・・・と思ってしまっていた自分がいたが
今、自分は全く同じことをしている。
手をかける場所が欲しい時というのは、誰もが導くものにすがりたくなるのかもしれない
条件がそろえば、誰もが一緒なのだ
「神は、試練に乗り越えられない人には、試練を与えません」
占い師は、どこかで聞いたことがあるような言葉を言った。そして続けて
「あなたは、断れない星を持っていますね・・・これは、親との関係かしら・・」
断れない星・・・？一瞬意味がわからなかったが、“親“というワードにカササギは心がざわつき始めた。
「ご両親は・・・どんな方でしたか？」
「とても・・・優しく、子供にたくさんの愛情を与え育ててくれました」
「幼少期、何か、我慢していたことはありませんか？」
「我慢？」
「たとえば、いい子でいると褒めてくれるから、本当はもっと友達と遊びたいけど、兄弟たちの面倒を見ていた、とか」
占い師の言葉に、幼少期の思い出が一気に蘇ってきた。
確かに、両親は、兄弟の面倒をみたり、何かを頑張ったりするとよく褒めてくれた
「いい子だから助かる〜」母親の口癖だった。
占い師は言葉を続けた
「これはよくあることなんですけどね、子供の時ってみんな、親がいなくては生きていけないから、親に愛されることが、生きていくための必須条件になるんです。
だから親から愛されるために、親が求めることを一生懸命やり、それが成長してもなお、
“いい子でいなくては愛されない“という思い込みがずっとあって、無意識に
いい子でいようとしてしまう・・・断れない、というのは、断ったら嫌われてしまう、
そういう恐怖があるからじゃないかしら？」
カササギは、心拍数がドクドクと上がっていくのを感じた
「断っていいんですよ。やりたくないことは、断っていいんです。土俵から降りてよい。
まずは、自分に断る許可を上げてください」
「髪の毛アップとおろすの、どっちがいいと思う？」
織姫は、服に続き髪型を考え始めた
「・・・織姫様」
カササギは意を決して声を出した
「ん？」
「これまで、お二人に使えさせていただいたことは、私の一生の誇りであり、
毎年、織姫様と天の川を渡る旅は、本当にかけがえのない時間でした・・・
しかし、私は、今日を最後に、このお役目を辞退させていただきたいと思います。」
カササギは、自分でもびっくりしたが、泣いていた。
「そっかあ・・・カササギがそうしたいんなら、しょうがないよね
今まで、本当にありがとう」
織姫は、思わぬことか、あっさり承諾した。
「ぶっちゃけさ・・・彦星に頼まれたんでしょ？別れたいって」
「？！・・・気づいてらしたのですか？」
「気づくよー・・・3年前に彦星の家に行った時、漬物作ってさ、
地下に付箋つけて置いてったのね“7月7日“って。
でも次の年行ったら、その付箋、取られてた・・・」
織姫は微笑みながら
「わざと忘れてった荷物を片付けるのはわかるけど、ああ、ここまで
この付箋でさえ、私の居場所はないのかって・・・」
カササギは胸が痛くなってきた
「カササギ、これまでありがとうね・・・」
「織姫様は、本当に素敵な方です・・・」
「ありがとう・・・ねえ、最後に一緒に天の川、見に行かない？」
「ぜひ、お供させてください。」
カササギは、織姫を背中に乗せ、空へ羽ばたいた。
いつもより、高く高く、速く速く、そして自由に。
「ここで臨時ニュースです。本日、夜空に大きな流れ星が発見されましたが、その後、七夕の彦星で有名なわし座のアルタイルが、突然消えたという報告が入り、世界の天文学者たちが、勢力を上げて調査しています・・・」
終。