『ローズ・ハッカ・ジンジャー』
柿沼雅美
35歳で実家暮らしで、彼氏なし、仕事も事務だし、これからどうするんですかぁ?と言う後輩に、さぁねぇと返事をして今日も会社を出る。この間彼氏に振られた友達に家族って人数でも形式でもなくて、そう思える愛情だよなんて言ったけど、そう思いたかったのは私だった。
『湯主』
南川孝造
少年が健康センターで、ずっとそこに暮らす老人に叱られる。その後風呂上がりのフルーツ牛乳を飲みながら話をするように。老人は宇宙を研究していた元大学教授で、星の話を沢山してくれた。久しぶりにセンターを訪れると老人はいなくて家族と話し合って老人ホームへ。少年は家族の大切さに少し気付く。
『うるわしきひととき』
広瀬厚氏
昭次と清美は、夫婦ふたりほそぼそと小さな自動車修理工場を営んでいる。このところ入庫が大変少なく経営が苦しい。暇があると決まって昭次は、工場の片隅でギターを弾いて歌をうたう。ふたりには花子と言う中学三年のひとり娘がいる。ある朝花子が母親に、高校へ行かず働こうかな、と突然に言った。
『晩ごはん合戦』
義若ユウスケ
小さなころ、僕はタマネギやニンジンやジャガイモが大嫌いだった。そんな僕に、母は毎日、タマネギやニンジンやジャガイモを食べさせた。腹が立った僕はある日、母の嫌いなものをとことん食べさせてやろうと決意したのだ……
『白の記憶』
東泰山
夕暮れ時の散歩道、秋風に誘われて私は感傷的になってしまった。そこへ、正面からこちらへ歩いてくる散歩中のマルチーズが目についた。マルチーズに興味を向ける娘と手をつなぐ私は、秋の感傷に誘われるまま3年前のあの日のことを思い出す。
『老老介護』
越智屋ノマ
「なあ、婆さん。飯はまだかい?」呼びかけられて、華は眉間にしわを寄せた。「何言ってるの、さっき食べたばかりでしょ」声を尖らせ、振り返る。障子戸の向こうで、夫の吉蔵がニコニコして顔を覗かせていた。「あんたは物忘れがひどくて困るわよ!」「いやぁ。朝飯はまだだろ?」
『込められた想い』
霧赤忍
父と祖父の影響で半強制的に野球部に入った大樹。ポジションは三塁コーチで、試合に出ても三振ばかり。そんな中、「行ってきます」の声かけにこだわる母とホームランを打つ約束をする。大樹の約束の行方と母のこだわりの理由とは……
『エスケープ』
高山純子
俺こと岩田守(イワタマモル)十二歳は、小学校六年生の男子。看護婦のオカンと二人で大阪の郊外で暮らしている。お父さんは、守が小学校四年生の時に病気で他界した。守は、父親が病弱だったために、物心がついた頃から、常に母を支えようと虚勢を張って生きてきた。
『イチジクの花が咲くころに』
芹田アン
「おくずかけ、作るから帰ってこない?」ある年のお盆、母からの思いもしなかった誘い文句に、香子は数年ぶりに故郷に帰る。あんなに頑なだった気持ちが、ふわっと香る、茄子やささぎ、ミョウガなどの夏野菜やめんつゆのまじった優しいにおいにとろっと包み込まれて溶けて行く…