9月期優秀作品
『ローズ・ハッカ・ジンジャー』柿沼雅美
左に座っていた部長が、よっこいしょやれやれ、と言いながら席を立ち、私は、こぼれそうなため息を飲み込んだ。
部長は、もう会議の時間かぁと言いながら机に転がしていたボールペンをワイシャツのポケットに入れている。私がパソコンを打ちながら小さく会釈をすると、向かいに座る久喜愛未がおつかれさまですぅ、と座りながら声をかけた。部長は愛未に、戻って来る頃には帰ってるか、おつかれ、と言って部署を出て行った。
「会議多すぎません?」
早速話しかけてきた、と思って愛未を見る。
「なんか週に何回も会議やってるじゃないですかぁ? ちゃんと結論決まってるんですかねぇ?」
両腕を上げて伸びをする愛未に、私は、さぁ、と返事をする。
「でも部長が会議長引くと、定時で帰れるから嬉しいですよねぇ」
私は、曖昧にうーんと答えながらパソコンを打つ。キーボードの音も聞こえないように愛未がしゃべりつづける。
「あ、美樹さん今、私は時短だから毎日早く帰ってるくせに、とか思いました?」
愛未がそう言うので、そんなつもりはない、と顔を上げると目が合った。育休が明けてばかりの頃は黒めだった髪もすっかり茶色に戻っている。
「そりゃあ私は3時で帰らせてもらってますけどぉ、そのまま保育園のお迎え行くじゃないですかぁ? それで家帰って夕飯の支度しますよねぇ、子供の別に作ったりするじゃないですかぁ? それでお風呂入れて、片付けして、旦那と少し話して寝かし付けて、たまに夜中に起きて、朝起きて家事やって、それで仕事ですよぉ? 」
「大変なんだろうなってちゃんと思ってるよ」
私が言うと、愛未は嬉しそうに、大変ですよぉ、保育園から急に熱出したとか呼び出しかかったりもするしぃ、とさらにつづける。
「気づいたらあっというまに時間たっちゃってますもん。老けちゃいますよぉ」
私よりも6歳も下のくせに何を言ってるんだろう、と曖昧に笑う。
「大好きだった彼氏と結婚したまではよかったけど子供できたら、なぁんか違うんですよねぇ」
「家族になったってことなんじゃないの?」
「まぁそうなんですかねぇ。あ、そういえば美樹さんておいくつなんでしたっけ?」
「35だけど」
「えーうっそー、そうでしたっけー? 全然見えないーぜんっぜん。私より5歳も上だったんですねっ」
ふふっと笑う顔に何か意図があるのかないのか見つめていると、やだぁ眉間にシワよってますよぅ、と愛未が私の眉間を指す。
何か言おうと思っていると、係長が歩いてきて、これ、来週の資料なんだけどここ変えられそう? と資料の3ページ目を指差した。