9月期優秀作品
『晩ごはん合戦』義若ユウスケ
ちいさな頃、金曜日の夜はカレーと決まっていた。母の得意料理だ。
僕はカレーなんて大きらいだった。なかに入っているタマネギやニンジンやジャガイモがいやだったのだ。
十歳のある日、僕は母にうったえた。「母さん、カレーに野菜をいれるのはもうやめにしてよ」
やめませーん、といって母はカラカラと笑った。
腹がたった僕は、母に仕返しをしてやろうと考えた。僕のつらさをわかってもらうには、そうするのが一番だとおもったのだ。母のきらいな食べ物はトマトだった。
「母さん、今日はぼくが晩ごはんをつくるよ」とある夜、僕は母に言いはなった。
母は鉄砲でうたれたような表情をうかべて口もとをおさえた。「どうしたの? なにを考えているの?」
「うん。たまには母さんにらくをしてもらおうとおもって」
「まあ……」
書き忘れていたので補足。うちは母子家庭だった。
「じゃあ、お願いするわ」と母はいった。
僕はトマト缶を鍋にたくさんあけて大量のトマトソースを作った。パスタを茹でて皿に盛り、うえから真っ赤なソースをたっぷりかけて母を呼んだ。
テーブルの上のトマトスパゲッティを発見した母はピキリとその場に凍りつき、このやろう……という目で僕をにらんだ。
僕は愉快でしかたなかった。
スパゲッティを残さずたいらげた母は、「おーけー、これからは、二日にいちどあなたに晩ごはんをつくってもらうわ。それがフェアだものね」といってニコリと笑った。
その翌日は金曜日だった。母はいつにもまして野菜いっぱいのカレーをつくった。
その翌日、僕はオムライスをつくった。濃厚トマトのケチャップライスの上にうすっぺらい玉子をひらりとのせて、その上にさらにケチャップで「めしあがれ」と書いた。「器用ね」と母はいった。
翌日。日曜日。母はクリームシチューをつくった。タマネギとニンジンとジャガイモのシチュー。「母さん、やってくれるね」と僕は吐き捨てるようにいった。オホホホホ、と母は笑うのだった。
月曜日。僕はトマトサラダをつくった。
「トマトだけでどうやってお米を食べろっていうのよ!」と母は叫んだ。
火曜日はコンソメスープだった。スープの中身はタマネギとニンジンとジャガイモ。「いただきます!」といって僕はスプーンを大きくふりあげた。で、たいらげた。