『ぼそぼそ』多田正太郎(芥川龍之介『カチカチ山』グリム兄弟『白雪姫』)
ツイート ボソボソと話し声。 男なのか女なのかもわからない。 いやいやそれどころか何処なのかもわからないのだ。全てが混沌としていた。そんな世界。いや、云いようのない幻想めいた渦中に 漂う世界。二人ではなく、独白かも […]
『桃太郎異本集成』森本航(『桃太郎』)
ツイート むかしむかし、あるところに。 物語はいつも、そのように始まる。 昔どこかで、こんなことがあったのだと言う。 そんなことはなかったのかも知れないと思う。 そして大抵の物語はこのように締めくくられるべきだ […]
『桜花舞い踊る卯月、僕ラハ涅槃ニテ酩酊ス』灰色さん(『桜の樹の下には』梶井基次郎)
ツイート 白昼の月曜日、こわれた君と全てを失った僕が、こうして花見に二人で出掛けるのは何時以来だろうか。かつて君がまだ幼く無邪気で、純粋さに溢れていたことすら、酒瓶の底に残る一滴のように、微かなモノとなってしまっている […]
『白雪くん』大前粟生(『白雪姫』)
ツイート 私たち七人がいつものように採掘作業からくたびれて家に帰ってくると、いつものように白雪くんが家で家事をして待っていてくれているはずだった。でも、その日はちがった。私たちが現場監督やセクハラじじいの悪口をいいなが […]
『オリザに灯る火』清水その字(宮沢賢治『グスコーブドリの伝記』)
ツイート 青空が緑色に濁り、日や月が銅色になった。 その日の光景を見た人たちはそう語る。赤ん坊だった私も見たはずだが、母に抱きかかえられて見たという景色を覚えていない。だがその日に死んだ火山局技師の話を、父からよく聞 […]
『手長足長の子細を語りたること』木江恭(『妖怪・手長足長の伝承』 『童謡かごめかごめ』『賢者の贈り物(O.ヘンリー)』)
ツイート テナガアシナガを知っているか? アシナガテナガでもいい。どちらでも同じことだ。 おい、無視をするな。黙っていると寝てしまうから、何か話せと言ったのはあんただろうが。 で、何だったか。ああそう、テナガアシ […]
『彷徨えるプリンス』上田未来(『白雪姫』『赤ずきん』『ヘンゼルとグレーテル』)
ツイート ふとした瞬間、王子はいま自分がどの物語の中にいるのかわからなくなってしまった。 馬上で微睡んでしまったのがよくなかったのかもしれない。しかし…… ――そもそも多すぎるんだ。 王子は頭を振った。 『白雪姫 […]
『桃産』大前粟生(『桃太郎』)
ツイート 「あー、これは」と先生が半笑いでいった。「おめでとうございます」なんで半笑いなんだろう。「おめでとうございます」と先生の後ろにいる助産師さんも半笑いでいった。「おめでとうございます。おめでたですよ」 「おめでと […]
『エンマの戯』谷聡一郎(『地獄八景亡者戯』)
ツイート 冬のこの日、冥界唯一の銭湯は稀に見る大にぎわいであった。まず奥のフンニョウ風呂にエンマ大王が鬼の形相でザブンとつかっておった。また、その近くにある釜茹で風呂は、これ以上ない熱さに熱せられており、湯はもはや炎で […]
『新説 不思議のお茶会殺人事件』湯(『不思議の国のアリス』)
ツイート 不思議の国の不思議な森の、そのまた不思議なパーティー会場。席につくのはいつものメンバー。代わり映えのない鼠と兎と帽子屋と、三人仲良くナプキン巻いて、紅茶の香りに現をぬかす。 今日も今日とて、なんでもない日の […]
『Grimm and Charles』ナカタシュウヘイ(『不思議の国のアリス 赤ずきんちゃん』)
ツイート 1. これはわたしとあなたの参照点。 見るからに歪んだ月が夜空に浮かんでいたとしても、それは物質として歪んでいるのではなく、ただ視界が定まらないために、月は歪んでいる。こうして最後に二人で並んで月を眺めてい […]
『柿の世界征服』相田想(『猿蟹合戦』)
ツイート 私は生まれた瞬間に自分の特異さに気付いた。自分は他の柿の種と見てくれは同じだが、それらとは持って生まれた物が違う。それは何か。私のこの能力を用いれば世界征服が出来るのだ。具体的に云うと、私が木と成り実を生らす […]
『お局ミチコと僧』ノリ・ケンゾウ(宮沢賢治『オツベルと象』)
ツイート とある女性向けウェブサイトの三流コラムニストの一記事「あなたは大丈夫?お局と呼ばれるアラフォー女性の特徴」を、朝の窮屈な満員電車にイラつきながら、スマホをスクロール、スクロール、してまたスクロール、しまくって […]
『寝太郎、その後』伊藤円(『三年寝太郎』)
ツイート 庭に紫陽花が咲き乱れていました。俄かな雨上がりの雫が、密集した蒼い花弁の上をするすると落ちていって、その下に這う蝸牛の丸い貝殻に弾けました。入梅の頃、空は連日憂鬱な鈍い鼠色をして、地面はくにゅう、と草鞋を黒ず […]
『浦島先輩と太郎』大前粟生(『浦島太郎』)
ツイート 俺たちが亀をいじめていると浦島先輩がやってきた。 「なにしてんの?」 「ちっす。浦島先輩ちっす」 「浦島先輩、こんちゃーっす」 「うん。なにしてんの?」 「あぁ、あの、亀を」 「へぇ、俺も混ぜてよ」 そうい […]
『老人の恋は冬の花』ふくだぺろ(『メキシコの諺』)
ツイート きみのことを何も知らないまま、いま、わたしは語りはじめている。わたしの語るコトバがきみに「通じる」のかどうかも分からないけど、語ろう。わたしには伝えたいことがあり、つよい風の日に種子がとばされた 失われた […]
『マッチ売りの少女とぼく』霜月りつ(『マッチ売りの少女』)
ツイート マコトはずっと考えていた。 どうしたらあのかわいそうな女の子を肋けてあげられるだろう? その子はパパもママもいなくて、いじわるなおじさんの言いつけで、寒い夜にマッチを売っているのだ。 でもだれもマッチを […]
『こびとの町』卯月小夜子(『こびとの靴屋』)
ツイート ランプの灯りに照らされてハンス・シューマッハの横顔が煤けた壁に影絵のように映し出されていた。生気のないその顔には、薄暗がりの中でも憔悴の色が見てとれるほどだった。 『シューマッハの靴』 家の外には祖父の代か […]
『リア王異聞』黒田女体盛(『リア王』)
ツイート 「風よ、吹け! 雨よ、降りかかれ!」 自分への愛と忠誠を信じて領土を分け与えた二人の娘の冷淡な仕打ちにより城から追い出されたリア王は、絶望のあまり正気を失い、荒野を彷徨いながら荒れ狂う嵐の空へ向かって声を限り […]
『vanishing twin』朝蔭あゆ(夏目漱石『変な音』)
ツイート はじまりがいつだったのか、それはわからない。 絶えず聞こえる音があった。 大きくゆるやかに響く音、そして小さく速く響く音。 寝ても覚めても暗闇の中に充満するそれは、ぼくのそれと重なりそうで重ならない。 […]
『母親』中島もらる(『交尾』梶井基次郎)
ツイート その1 人間は極限状態に置かれた時、本性を現すとはよく言われるものだが、今の祐作ほどそれを実感している者は居ないだろう。祐作は子を強く欲していた。 「君に子を産んでほしいんだよ」 女が困惑しているのが息遣い […]
『スキル』わろし(『史記 孟嘗君列伝』)
ツイート その男は、よろめき倒れこむようにして滕(とう)の町にあらわれた。 髪はボサボサ、髭はモジャモジャ、煤けたような目鼻のまわりや、か細く突き出た手足の色は、素焼きの土器みたいに赤茶けて、伸びきった爪であちこち掻 […]
『吾輩は坊ちゃんである』太郎吉野(夏目漱石『吾輩は猫である』『坊ちゃん』『こゝろ』『三四郎』)
ツイート 吾輩は坊ちゃんである。名前はまだ無い。 親譲りの無鉄砲で子供の時から損ばかりしている。無鉄砲に加えてこれも親譲りの短気である。 生来の無鉄砲と短気とそそっかしさから、人助けのつもりで奸物の教頭とその腰巾着 […]
『姫とHIME』NOBUOTTO(『かぐや姫』)
ツイート *地球* 竹取の翁は今日も竹林に入って行きました。早春の穏やかな日々が続いていましたが、その日は朝から真夏のように太陽が輝いていました。季節外れの暑さで流れ出る汗をぬぐいつつ、まぶしそうに太陽を見上げた時です […]
『縁日の怪人』小笠原幹夫(江戸川乱歩『少年探偵団』)
ツイート 毎年お盆の十三日には、ホウロクをそれぞれの家の前の軒下に持ち出し、オガラを積み上げて迎え火を焚きます。十六日には、ふたたびオガラを用意し、送り火を焚きます。この明かりを提灯の代わりにして、御先祖様があの世から […]
『灯火』桜吹雪(『ヘンゼルとグレーテル』)
ツイート アイシングシュガーで固めた窓枠の向こう側で緑がさわさわと揺れている。 麗らかな陽射しが差し込んで子猫のぬいぐるみを繕いながらついうとうとと微睡んでしまう。 森の中に建てたお菓子の家。小さいけれどお気に入りの私の […]
『おばあちゃんと少年』升田尚宏(『ごんぎつね』)
ツイート おばあちゃんは山あいの村の古びた家で、一人寂しく暮らしていました。近所の人達も、みんな歳を取って亡くなってしまい、夜は静かで静かで、寝ていると虫の鳴き声がはっきりと聞こえてくるのでした。おばあちゃんは、このま […]
『評論といふもの』遠藤大輔(芥川龍之介『沼地』)
ツイート とんでもない芝居を観た。 「沼地」という作品だ。見終わってからまだ5分も経っていないせいもあるが、とにかくうまく説明できない。作者も演出家も役者も誰一人有名なものはいない。数日前、私に取材をしてもらいたいと […]
『トロフィー・ワイフ』村越呂美(『飯食わぬ女房』)
ツイート 裕福で、整った容姿で、40歳を過ぎても華やかな独身生活を楽しんでいる。そういう木原のような男が、いよいよ結婚すると聞いた時、たいていの男は、苦笑いを浮かべてこう思う。 ──これからは、あいつも人並みの苦労をす […]
『レーヴレアリテ』柿沼雅美(太宰治『フォスフォレッスセンス』)
ツイート 「あ、そうなんだ。普段はあんまり東京来ないんだぁ」 隣に座っている2人組の女の子の1人がシェイクのストローから唇を離して言う。 「うん、なんかだから今週は変な感じ。やっと慣れてきた感じ。でも研修終わったらま […]