小説

『エンマの戯』谷聡一郎(『地獄八景亡者戯』)

 冬のこの日、冥界唯一の銭湯は稀に見る大にぎわいであった。まず奥のフンニョウ風呂にエンマ大王が鬼の形相でザブンとつかっておった。また、その近くにある釜茹で風呂は、これ以上ない熱さに熱せられており、湯はもはや炎であった。この風呂に、かの大天狗が汗をドロドロ垂らしながら入っておった。加えて、この釜茹で風呂と氷風呂の間をヒラヒラ飛んで、行ったり来たりするものがあった。ヤマビコの爺さんである。釜茹で風呂と氷風呂を交互に入るせいで調子が良くなり、いつもの陽気さに拍車がかかってずっと笑っておった。それを煩わしい顔で見ておるのは、姥ゴンゲンであった。屋久島の大神杉でこしらえた風呂椅子に座って鋭い目をギラギラさせイラついておった。もちろん氷風呂には雪女郎がおった。さらに人間でも入れるような温度の風呂に浸かっておる、川の神・加茂ノ川ノ主と、山の神・岩面宿難を合わせて、しめて七柱の大物たちが何やら話し合いをしておった。もちろん大銭湯は貸切である。また、風呂から出て脱衣所を抜けた先の番台には一匹妖怪がおった。せっせと日記をつけながら、彼らの話に耳をすませておった。
 それぞれの風呂の泡からは、小さな神さまやスダマが、生まれては消えてを繰り返していた。

 エンマが言った。
 「これまでの論議によって大方の結論は出たようであるが、文句はないじゃろうか」
 ぎょろりと大きな目を一同に向け、針のような勇ましいヒゲが動く。それを聞いて姥ゴンゲンが言う。
「はよう終わらせてくれねえと、いい加減目障りじゃでな。このヤマビコのジジが」
「ブハハ。ヤマビコの爺さんはまだまだ元気だで!」
 大天狗が冠岳のオオタバコの煙を真っ赤な顔面に纏わせながら言い放った。
「まぁ姥ゴンゲンさまそうカッカなさらずに。ヤマビコさまのひらひら舞うは常なることでございます」
「なんじゃあ、雪女郎が喋ると背中が凍るような気分じゃなぁ。ヒヒ」
緩んだ顔をさらに緩ませヤマビコの爺さんが言った。
「うおっほん。それでは、今回の議題の、死した人間について、極楽行きとしたい。意見はないか」
「それが妥当でございましょ」
 加茂ノ川ノ主が味気なく答えた。
「ブハハ!間違いねぇ!やはり死人は死人だでな」
「ええそれが人の世のためにもなりましょう。さて、ここはおしまいにしてわたくしは早ように雪山に帰りとおございます。わたくしにはこの場所はちと暑い」

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