小説

『エンマの戯』谷聡一郎(『地獄八景亡者戯』)

「いえ姥ゴンゲンさま、こやつ私に責任の所在を、」
 すると大天狗が口を開いた。
「おいそうなれば、加茂ノ川ノ主にも責任があるぜ」
「なにをおっしゃい天狗さん。私のどこに非があるのかしら」
「まず、川の主としてそんなに降水量が少ないのならちゃんと交渉すべきだぜ。雨なら雷神に、雪なら雪女郎なりにな。賢者たるもの調和を正すのが責務ってもんだ」
「まぁそんなこと。あのね、どうせ交渉に行ったって、雷神さんと雪女郎さんはいつも仲良くお出かけでしょう。いつお尋ねしてもおられませんから」
「あら川ノ主さんお妬いていらっしゃるの」「そんなわけございませんわ」
 構わず大天狗は続けた。
「いやそれにだ、何か臭うな、昨日は確かに土砂降りだった。それなのに川が増水してねえってのはどういうこった。確かに今年は雪も雨も少ない。それは雪女郎と雷神の責任だとして、昨日の川が増水してねえのはてめえのせいだろう」
「うむ確かに言われてみれば」エンマもそれに続いた。
「はあ、もういいですわ。言いましょう言いましょう。あのね、昨日私は山椒魚入道さんとお見合いをさせていただいていたの」加茂ノ川ノ主は言いたくなさげな表情でブツブツつぶやいた。これを聞いた雪女郎が高らかに笑いながら、
「まぁ!あのデカブツさんと!オホホ」と言った。
 加茂ノ川ノ主はイライラした。その昔、一柱の雷神を巡ってこの二人で女の戦いがあったようである。それに敗れた加茂ノ川ノ主は今必死になってパートナー探しをしているようであった。大天狗も興味深そうに「ほうそういう趣味がねぇ」と言った。
「きい。だから言いたくないのですよ。ふん」
「つまり、そのお見合いに必死で川の量を増やすのもお忘れになったということで、オホホ」ここで女同士の冷たく激しく醜い言い争いが繰り広げられた。
 ここまで聞いていたエンマがまとめるように言った。
「むむつまり。昨晩の坊主の山の道中、姥ゴンゲンの管理がまずかったゆえ、ヤマンバどもが押し寄せた。そして逃げまどううち、天狗のポイ捨てタバコが降ってまいり、それに衝突し、底へ落ちた。ふむ。ここで例年通り増水した谷川なら助かる見込みはあった。ところがあいにく今年は降水量不足であった。これは雪女郎と雷神の過失であるな。無論、昨晩は雨が久しぶりによう降ったのじゃが、加茂ノ川ノ主のお見合いのせいで、増水することはなく、坊主はむき出しの岩にあたり、死に絶えたわけだ」

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