小説

『エンマの戯』谷聡一郎(『地獄八景亡者戯』)

 そこへ祟り神が割り込んできた。
「エンマ殿!エンマ殿!」
「どうした祟り猫」
「あの坊主を殺したんは、一体だれに、責任があるんじゃ、わしはそれが判明せんと帰られんぞ」
 エンマは、おおきくハァとため息をもらした。いまや何の論議かわからなくなってしまっていた。

 ここへやってきて以来ずっと泣き崩れたままの竜神の娘。汚く言い争う加茂ノ川ノ主と雪女郎。そこに大天狗と姥ゴンゲンが混じり言い争った。その火の粉はエンマにも当然飛んでくる。岩面宿儺はずっとかたまっておったし、ヤマビコの爺さんはヒラヒラ舞っておった。この二人は発言力を失っておった。スダマの班長率いる、現場検証班のスダマたちは、雪女郎に凍らされた副班長に、お湯を一生懸命にかけておった。残念なことに一向に溶ける気配はなかった。加えて脱衣所には、駄賃はまだか、と羅刹どもが戻ってきておった。エンマの目の前には坊主殺しの責任の所在を求めてくる祟り神。銭湯の賑わいはまったく祭りであった。
 エンマのわずかな出来心、「おっ、この坊主生き返らせてやるか」
 単調で長きにわたるエンマ生活に魔がさした、無駄な出来心であった。いやしかしそれほど死んだ人の子は立派であったのかもしれない。とにかくそのエンマの出来心は、もう収拾のつかぬ祭りへと変わっていた。
 エンマは考えた。そしてぶつぶつと呪文を唱え始めた。それを聞いて祟り神が、
「なんじゃ、エンマ殿、何を言うておられる」 
と、ぶつぶつ言うエンマを心配そうに聞いた。
 するとフンニョウ風呂の底から、銭湯に響き渡る大きな音がした。エンマの屁である。一同はしんとなってエンマを見た。するとフンニョウ風呂からむくむくと人型が表れた。それは昨晩死んだ人の子の姿のようであった。それをみて祟り神が反応した。
「ややっ我が仇!」
 その人型を食べるように祟り神はフンニョウ風呂にドブンと突っ込んだ。その人型はエンマが呪術によって表した虚像であった。すると、因縁を晴らしたと思い込んだ祟り神が、可愛らしい三毛猫となってフンニョウ風呂から顔を出した。エンマが言う。
「良いか諸君。つまり、わしら全員のせいで昨晩の若者は死んだのじゃ。よって、うむ、生き返らせる。これが最良の判断である。」さらに続けた。

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