小説

『エンマの戯』谷聡一郎(『地獄八景亡者戯』)

「この阿呆め。それ以前の問題じゃわい。で、どうするんじゃ」
 雪女郎はクスクス笑った。ヤマビコの爺さんはまたヒラヒラ舞っておった。岩面宿儺は恥を忍んで硬直しておった。動かぬこと山の如し。
 すると表の方が慌ただしくなり、番台の妖怪が風呂場へやってきて説明した。話によると、転落死の現場検証を終えて帰ってきたスダマたちが、その報告をしたいというのである。
「へっ、そりゃもう時間の無駄だが。聞こうじゃねえか、そいつがどんな天晴れな死に方をしたのかを」
 スダマたちは風呂場へトコトコ入ってきた。エンマは取り繕って言った。
「ゴホン、遅かったなお前たち。では検証結果を述べよ」
 現場検証班の班長らしきスダマが前へ出た。
「はいエンマさま。では彼の死因ですが、どうやら今回の仏さん、昨晩の山の中、何かおおきな落下物にあたり、そのせいで谷へ落ちてしまったようであります。その落下物ですが、山上の寺から転がり落ちておるようでして、それによって削れた山の跡を見るに、なにか長細いもののようです。それに今回の仏さんの全身にはやけどの跡がございました。つまり落下物の正体、それは、」
 エンマはそれを聞いてぬうっと乗り出した。
「タバコかっ!」
「ご名答ですエンマさま。おそらくですが。それに雨の中でしたので、それでも燃えていたことを考えるとそれは、冠岳のオオタバコかと」
「なんじゃと」大天狗は声が裏返った。
「つまり山上からオオタバコをポイ捨てしたやつがおるんじゃな。」
 エンマは少し勢いづいた。
「ま、まてそれは」天狗は左上をぐっとにらみ昨晩の記憶をたどった。その顔が気に入らず姥ゴンゲンがこう言った。
「ふん天狗。どうせお主また泥酔しておったんじゃろう。お主が今回の坊主を殺めたと言っても過言ではないようじゃの。え。」
「その通りじゃな大天狗。」エンマは得意げである。
「いや待て。しかし、なんだ。それがわしである証拠がなかろう。」
 雪女郎はクスクス面白がっておったし、竜神の娘は今もなお泣き続けておった。そのそばでスダマ班長が続けた。
「そこで、その現場を近くで見ておられたオタタリさまがおられるのですが、お連れしております。」

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