小説

『灯火』桜吹雪(『ヘンゼルとグレーテル』)

アイシングシュガーで固めた窓枠の向こう側で緑がさわさわと揺れている。
麗らかな陽射しが差し込んで子猫のぬいぐるみを繕いながらついうとうとと微睡んでしまう。
森の中に建てたお菓子の家。小さいけれどお気に入りの私のお城。
甘い物と可愛いものが大好きでいつかお菓子の家に住みたいと思っていたの。
建築基準法に引っかかって昔住んでいた町に建てることは出来なかったけど、彷徨って辿り着いたこの森の奥で遂に長年の夢を叶えることが出来た。
雨や風、虫や小さな動物たちのおかげで維持をするのに苦労はするけど、お菓子作りは好きだし、より丈夫に作れるように工夫していくのも面白い。
床と壁と屋根は木造にしたけど屋根や壁にはその上からクッキーやパウンドケーキ、マカロン、ラスク、沢山のお菓子でデコレーションを施して見た目にもとっても可愛く出来たの。きっとまた明日には屋根は小鳥につつかれて、壁は狐に舐められてしまうでしょう。
その前に誰かに見て欲しい。
テーブルに頭を置きながら、小さくため息を吐いた。
こんな森の奥に誰も来ない。
もう随分と長い間、人の顔を見ていなかった。
でも寂しくはないの。お菓子の家のお陰で動物たちは毎日やってきてくれるし、好きな事をしているお陰で毎日はとても充実しているもの。
窓から優しく吹き込む風に頬を撫でられながら、幸せな気持ちで目を閉じる。
眠りはすぐに訪れて、私は夢の世界に引き込まれていった。

遠くで小さな話し声が聞こえた気がして私はそっと瞼を上げた。
人の話し声の様に思えたけれど夢の中でのことかもしれない。
何だかひどく懐かしい夢を見ていた様な気がする。
窓の外では日がすっかり暮れていて、辺りは薄暗く遠くの空に僅かな夕焼けが残っているくらいで、今見ていた夢のせいか何だか無性に物悲しい気分になった。
吹き込む風が寒々しく感じられ、ゆっくりと身体を起こし窓を閉めた。

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